stereo-recoding daddy
















「早く言ってよね…!!」

南次郎が座り込んでいるのがドアを開けてすぐのところだったものだから、リョーマは全身の毛を逆立たせて言った。あくまで音量としては小さいものだったけれど口調としては激しく強く。
というのも、開けたドアは自室のもの。そして室内に据えられたベッドには体力を消耗しきって現と夢の挟間を行ったり来たりする虚ろ気な手塚が横たわっているものだから。どうして手塚がそんな状態なのか、というのは推して知るべし。
リョーマがスウェットパンツだけを履いているその姿や、背中で筋になっている爪痕が何よりの物的証拠だろう。

リョーマが憤慨しているのに対し、南次郎はなんとも悠長に脂下がった笑みを浮かべるばかり。
その余裕ぶった笑い方が臓腑を一層煮えくり返らせるけれど、一旦リョーマは静かにドアを後ろで出しめて南次郎に向き直った。

「…いつからそこにいたの」
「お前らが1回戦終えたぐらいからかねえ」

かれこれ1時間は前のことである。弾かれた様にリョーマは大きく瞬きした。
そして素肌の背中にドアを押し当てたまま、くしゃくしゃと前髪を左手で掻いてぎろりと廊下の端で胡座をかく実父を睨んだ。
2回戦目以降なんて、丁度手塚の方にもエンジンがかかっていい頃合いで。それをむざむざ聞かれていたなんて腹が立つ以外にリアクションは起こせない。
そもそも、盗み聞きされていたこと自体、いくら親子の関係だからとて気持ちの悪い。

「クソ親父」
「減るもんじゃなし、いいじゃねえの」
「良くない」

とん、と緩やかに閉まったままの扉を押し、その反動を借りてリョーマは南次郎を置いて階下へと向かう。自分も手塚も喉が渇いてしまっているものだから。部屋を出た元の理由はそれ。
足音に気をつけながら階段を下りるリョーマの後を、遠慮無しにどすんどすんと音を立てて南次郎は付いてくる。
ぴたりとリョーマは途中で足を止めた。顳かみの血管が引く攣いているのが自分でもありありと判る。

「ちょっと」
「お?なんだ?」
「足音うるさい。静かに下りろ。ってかついてくんな」
「まあまあ。そうかっかしなさんな」

本気でうぜえ。

「それにしても、リョーマよお」

足を止めたままのリョーマをさっさと追い抜き、振り返り乍ら不意に南次郎が口を開く。
リョーマとしてはこれ以上南次郎と会話を続けることは精神衛生上あまり芳しくないことを自覚していたから、眼下の南次郎を焦点から外して階段を再び下り始めた。
不機嫌なリョーマの様子など気に留める様子もなく、南次郎は一人で勝手に喋り続ける。

「12で言葉責めプレイってのはあんまりいい趣味じゃねえな」

あと残り僅かな段差を踏み外すかと思った。
寸でのところでバランスを取り直し、あわや階段転落という失態は避けられた。避けられたがしかし、南次郎と目が合ってしまった。

「………」

ドア一枚程度では、防音の意味など無いに等しいのだろうか。それとも底意地悪く、ドアに貼り付いて聞き耳を立てていたのだろうか。
幾らオープンな環境で育ってきたから、と言えど閨のことは当人達の秘密にしておきたい。その相手が熱心に恋慕を注ぐ手塚ならば猶のこと。
完全犯罪の方法を、リョーマは頭に巡らせていた。限りなく近親の間柄であろうと、踏み越えてはいけないボーダーラインというものは確実に存在している筈である。

「しかもまあ、お前の楽しそうなこと楽しそうなこと。『まだまだキツぅく締められるでしょ』とか普通の12歳は言わねえぞ?」

そのセリフは、笑みを浮かべ乍ら告げた覚えがある。連鎖的に、啜り泣くかの如き小刻みに震える手塚の肢体も思い出す。
全身の血管を痙攣させたみたいに、びくりびくりと小さく弾ませ乍ら彼は熱を堪え、そして堪えたその熱で自らを追いつめ、どんどん助長させていく。
そんな遣り方だから、徒に体力を使いきってしまう羽目になるのだ。
今頃、手塚がベッド上で動かせるのは足の小指くらいだろう。

「そんなにキッツく締め付けてもらうのが好きか。お?」

階段の一番下で待って、辿り着いたリョーマを揶揄する様に肘で突いてくる。顔は完全に脂下がり。
なるべくそれを視界に入れない様にしてリョーマは早足でリビングへと向かっていった。懲りもせず南次郎はその後を浮かれ足でついてくる。
リビングへ滑り込ませない様に素早く閉めてもまるで効果は無く、子泣き爺か背後霊か、ぴったりと南次郎はリョーマの背後に貼り付いて離れなかった。
リビングのドアから冷蔵庫へ向かう短い距離の間でさえ、南次郎の冷やかしの手は緩まるどころか嵩むばかり。

面白がって揶弄されている筈なのに、自分が吐き出した言葉、二人で出した物音、手塚が上げた声を次々と挙げられていく内に、南次郎がテープレコーダーの様に思えてくる。
事中のことをリロードリロード。リョーマは無言で躱し続けていたのだけれど、耳に異常は無いものだからレコーダーの声は傾聴しているつもりは無くとも確りと聞いてしまう。

リビングで二人分のミネラルウォーターをグラスに入れてまた階段を上がって、自室の前まで辿り着く、というものの5分程の間中、粘着質な口調でそれを耳に突っ込まれて、知らず知らずのうちにリョーマの中では昂りも再々生。
憤怒の火もいつの間にやら消化されて、別の鼓動ばかりが早まった。

二つのグラスのせいで両手が塞がっているものだから、結局また扉の前までついて来た南次郎に開けさせ、するりと身を滑りこませる。扉を閉める分には足蹴で足りる。
けれど閉めてしまう前に、

「どっか行っといてよ」

釘はきちんと刺す。刺したところで効力を発揮する相手かどうかは置いておいて。『言った』という事実が後々、有力な後ろ楯になる。
仮令、またおっぱじめんのか?と見てしまえば腹が立つ独り笑みを暢気に浮かべられていても。
独占したいにはワケがある。

「最高のカラダだから」

思わず蕩けてしまった笑みが浮かび、初めて目にする息子のそんな顔に一瞬で唖然とした南次郎の姿は蹴り飛ばしたドアの向こうに消えた。


















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息子いじりなのかパパいじりなのか。
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