シンメトリック
















ああ、たしか、名前は――――

「亜久津」

リョーマとの待ち合わせである駅前の噴水前で、不意に隣に遣ってきては立ち止まった人間の名を、手塚はそう呼んだ。白日の下で活字を追っていた視線を止めて。
呼ばれた彼は、そこに手塚がいたことなど気付いていなかったらしく、己の名が呼ばれたことによる条件反射で振り返り、それから奇妙に顔を歪めた。

「誰だてめェ」

白目に対して黒目の部分が小さい。世に言う三白眼でぎろりと睨まれ、穏やかでない声でそう返事を食らいつつも、手塚は淡々と自分の名前を告げた。
些細な凄みで迫られて怯んでいては、生憎と『手塚国光』としては生きていけない。さらりと躱す事こそが一番の良策なのだと云うことを、手塚は心得ていた。

しかし、手塚だ、という端的な自己紹介を聞かされても、相手は一向に不審気な表情を緩めようとはしなかった。寧ろ、更に疑わしい顔つきで手塚を無遠慮な視線で嘗めた。
彼の中では、自分は存在感が無かったらしい。つい先日行われた試合は、S3で決着がついたのだから、仕方が無いといえば、仕方が無い。

ならば、こういう物の言い方ならば、多少は認識してもらえるかと、決して素行が善良では無いだろうことを匂わせる視線を受け止めつつ、手塚は再び口を開いた。

「越前リョーマの連れだ」
「ああ、あのドチビの」

二度目になる手塚の自己紹介方法は功を奏したらしい。
思い出したぜとか何とか言いつつ、亜久津は頻りに頷いてみせる。流石にこの名前だけは覚えていないと、手塚としても一発食らわせてやったところ。
喚起に成功したとみえるその発言の中に、リョーマが聞けばカチンと来るだろう代名詞を用いられたけれど、その当の本人が居ないのだから、まあ大した問題では無い。
手塚からしても、そして亜久津からしても、リョーマの背丈は小さいとしか言い様が無いのだから。

「お前も誰かと待ち合わせか?」
「……まあな。お前んとこのチビに負けず劣らずなうちのチビが映画映画ってうるせえんだよ」

さも、相手からの誘いが疎ましい、とばかり、亜久津は盛大に顔を顰め、言葉終わりに舌打ってみせた。演出としての効果は十二分なものがあるだろう。
何も、心の底から表情通りの事など思ってはいないのだろうと、容易に手塚は結論付けた。本当に誘いが嫌だったのなら、来なければ良いことなのだし。

「奇遇だな。うちのお子様も外で遊ぶと五月蝿くてな」

こちらは、断りきれなくて仕方なく、と云った風に、小さく溜息を零し、肩を竦めてみせる。
そっちもなかなか大変そうじゃねえの。そう言っては、亜久津は漸く、ニッと笑った。

待ち合わせ場所で待ち惚け、相手からの強引な誘い、しかもどちらの待ち合わせの相手も揃って背格好がミニサイズ。翻って、待つこちらはどちらも長躯。
それらに尚加えて、各ペアの年齢もぴたりと一緒。一年坊主達の性格には多少の差こそあれど、そんな多すぎる共通点が、優等生面を得意とする少年と問題児面が板についている少年との間を、妙な程の和やかさで執り持った。普段ならば、決して知り合おうとは思わない人種だ。手塚にとって亜久津という人間は。勿論、それは亜久津としても同じ事。

希有な巡り合わせだ、と手塚は苦笑いを返し、待ち惚け対策にと持参し、そして開けたままだった文庫本に再び視線を落とした。

「気長に待つしか無いようだな」
「まあ、それも一興なんじゃねえの?」

手塚とは対照的に顔を上向け、亜久津はからからに晴れた夏空へと視線を投げる。
後には唯一切の会話も無く、人込みから発せられる賑わいだけが辺りを占めた。

彼等が待つのは、息堰き切って駆けてくる足音。
そんな待望の足音は、その時、見事に重なり合い乍らホームから改札口までの階段を駆け降りていた。

変な組み合わせだと、辿り着いた彼等に目を丸められる事は重々承知の上で、年長者達は隣に並んで待ち惚け続けるのだった。
























シンメトリック
別にダンアク推奨な訳では…ないでござる……。リョ塚一本気でこざる…。そして山吹ならナンゴクちゃんが好きでござる……。

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