嗅脳タシタニティ
















いつだって、寡黙でいる彼は好き。

「っ……」

今、こうして、下肢を舐め上げてやっている時ですら寡黙な彼が。






特別教室が並ぶ、校舎とは別棟の男子トイレの個室のひとつ。
室内のほぼ中央に据えられた洋式の便器の上に両脚を大きく開いた手塚が腰を下ろしていた。制服であるスラックスは既に足首まで引き下ろされている。
開かれたその中心部には床で膝立ちになるリョーマが顔を埋め、口内と指とで聳え立った手塚の性器を弄っていた。

水もあれば、後始末に便利なオールフリーの紙もある。
学校で『する』には、ここは非常に適合した良い場所だった。帰宅迄、お互いが保てばわざわざこんな所に来る謂われも無いのだろうけれど。
血気盛んで、強請りがちな年頃では器用にやり過ごすことは少々難しかった。



弾力を持った口蓋で括れの辺りを揉みしだいてやれば、背後のタンクに後頭部を預け、汚れた天井を仰視する手塚の双眸が苦しそうに歪められる。
咽喉が何かを飲み込む様子で上下に動き、手塚の口元から声が溢れそうになるが喉の出口を意図的に締め付けて、彼はそれを堪えた。
結果、辛そうに喘ぐ彼の吐息だけが僅かばかり、空気に溶ける。先程からそればかり。最早、この狭い空間に元あった空気は手塚の吐息や詰まらせた声に全て変換されてしまっているに違いなかった。

いつもそうやって耐える。そんな彼は嫌いでは無い。寧ろ、想像していた彼『らしくて』リョーマはそんな部分には多大な愛しさを覚える。
ただ、辛苦めいている様子だけが少し可哀相に思えたけれど。

舐っていた口をリョーマは不意に離した。

「苦しい?」

顔色は全くの他意が無い、純真さすら感じられる程の自然な様子だったけれど、口唇は自らの唾液と毀れ出した手塚の精液とでてらてらと妖しく光る。そんなミスマッチさを湛えたリョーマに尋ねられて、手塚は上げていた視線を天井から下ろし、顎を引いて視界の下端でリョーマを見下ろした。
それから、小さく息を吸ったり吐いたりして息を整えてから、緩々と口を開く。

「苦しい」
「なら、声に出して発散させればいいのに」
「…………」

全て喉元で留めるから熱が体内に籠ってしまうのだ。こういった事には免疫が無いらしく、手塚はリョーマが既知なそんな法則も知らない。
そしてその法則のヒントを何気なくリョーマがちらつかせてみれば、手塚は途端に押し黙った。

「恥ずかしい?」

かくん、と首を左に倒して、リョーマはただいつも通りのフラットな調子で尋ねる。
リョーマのその問いに、手塚は呼吸がまだ完全には治まりきらないらしく肩を些細な振幅でもって上下させ乍ら、考えるかの様に押し黙り続けた。
折角の柳眉が僅かに寄って、眉間に浅い皺が刻まれる。

いつもの、見慣れた小難しい顔だとその縦皺を見つけたリョーマがぼんやりと思っていれば、手塚が言葉を発した。

「俺の頭では、そういう事は有り得ない」
「こらえるものだと思ってるの?」

禅問答の様な難解な事を尋ねている訳でも無いのに、手塚は即答してこない。皺が深くなっていくところを見ると、やや困窮してでもいるのだろう。
そんな事、考えた事が無い、と云わんばかりの彼の理屈っぽい顔。

「そんな事、意識していない」
「アンタっぽくないね。”無意識”なんて、さ」

常に根拠と理論とを駆使して生きている癖に。
こんなことに慣れていないのならば、体が覚えている通りに動く無意識さとは違う。そちらの無意識ならば、手塚がコートに立つ度にリョーマは目撃している。
どこにどう打ち込めば相手が怯むか、追い付き損なうか。どうステップを踏めばボールの墜落地点へと素早く辿り着けるか。野生の勘にも似たその天性の無意識下の行動は、リョーマの中にもある。

けれど、リョーマが挙げた手塚の無意識では、それには当て嵌まらない。

手塚なりにも、リョーマが意外に感じた部分を己の中で追究していてくれているのだろう。
白い脚の間から手塚を見上げるリョーマと、剰り焦点が定まっていないままでリョーマを見下ろす手塚との間に、奇妙な静けさが落ちた。
然して、沈黙にする必要など無いこの場面でそんな静けさが。

朧々とした素振りで、手塚が薄く唇を開き、沈黙を破る。その開いた動作同様、徐った声で。

「理性が追い付かない」
「それって………………、」

今、目の前で大きく脚を開いて口淫を受けている彼は本能的な部分が露になっているということだろうか、とリョーマは短い間の中で思案を巡らせた。
追い付ききれない理性の存在を露見させたことも、手塚にしてみれば無意識が故の発言だったのかもしれない。
非れも無く声を響かせるだけが、理性の無い人間の所作では無いことをリョーマは悟った。
常日頃、寡黙な彼が輪をかけて口重なのは、これが彼なりの本能の現し方なのだと。

柔和に笑んでから、リョーマは一度途切れてしまった言葉の先を紡いだ。

「それって、良い傾向だよ」

口少なな彼を、今後より一層恋しく想っていこう。



それきりリョーマは黙って、ただ手塚の下肢を口腔で攻め上げた。爆ぜる時も、手塚は盛大に声を張り上げることは無かったとか。

















嗅脳タシタニティ
こらえまくる手塚が好きです。ただそれだけです……
やあん、とか、ああん、とかよりは、ぁ、とか、っ、とかだけで済まさせたい、です
弾む息とかそのくらいが…うん。いいかな、なんて。
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