about him
炭酸が舌を刺激し、甘さを残して喉を通っていく。
初夏の日差しを避けて木陰で休む時間が好きだった。
飲み干してしまった空き缶を傍に置いて、芝生に寝転がる。
キャップを顔にかぶせて軽く暗闇を作ってしまえば、すぐに襲ってくる睡魔に逆らうことなく身を任せる。
日に日に厳しくなる練習は、部員の『強くありたい』という気持ちに沿うものではあったけれど小さいリョーマの体力を確実に奪っていた。
オーバーワーク。
絶対に認めたくない文字が頭にちらつく。
普通にしていても補いきれない分は、自分で判断して休養を取るしかない。
もちろんこれは、リョーマの基礎体力が無い事を示しているわけではない。
それどころか、彼の身体能力やスタミナは同じ年頃の少年と比べてもずば抜けている方だ。
つまり、それだけ練習量が多いということだった。
彼と同じ青学レギュラー陣にしても、それぞれの方法で休息は取っている。
それが見えるところかそうでないかの違いだ。
リョーマとて以前は練習の合間の休憩時間に昼寝などしなかった。
その少ない時間は、彼にとって休息以上に大事な事の為にあった。
奇跡の様にリョーマに振り向いてくれた年上の恋人に話しかけ為に、時間はいくらあっても足りなかったのだ。
「あ!やっぱり寝てる」
小さい声が頭上で聞こえてすぐに続くクスクス笑い。
「ホント、疲れてるんだね、リョーマ君」
もう一人分聞き慣れた声が続く。
笑ったのはこっちの声、そう、カチローだ。最初の声は堀尾。
おそらく一緒にカツオもいるのだろう。
起きてるけどね。
目を閉じて意識を沈めて。
でも、熟睡はいつもできない。
練習に戻れなくなるからだ。
だから、静かにして欲しかったのだけれど……。
「やっぱり不二先輩の言った通りだったな」
「そうだね、ボク気が付かなかったよ。リョーマ君がそんなに…――」
オレが何?
妙な所で止めないで欲しい。
「だよな。越前がそんなに……とは思わなかったよな」
肝心な所が聞こえない。
人の頭の上でしかも寝ている本人の噂話をするのはどういう神経か。
自分も人にとやかく言える性格ではない事を完全に棚に上げてムッとする。
「しっかし、良く寝るよなぁ」
リョーマが起きないことに安心しているのか堀尾の声が大きくなる。
「堀尾君っ。声大きいよ、リョーマ君起きちゃうよ」
慌てて小声でいさめるカチローだが、堀尾は聞かない。
「大丈夫だって!さっきから結構しゃべってんのにコイツ全然起きないじゃん。きっと不二先輩の言うとおり宮崎行く夢でも見てんじゃねぇ?」
宮崎へ…――。
行けたらどんなにいいだろう。
夢の中でも、離れてしまったあの人に会うことが出来たらどんなにいいか。
毎夜眠る前に期待しない訳ではない。
でも毎日のハードな練習はリョーマに夢さえ見せてくれない。
倒れるようにベットに入って気が付けば頭上で目覚ましが鳴っている毎日の繰り返しだ。
一度だけ、電話越しにワガママを言った。
夢にくらい出てきてよ、と。
多少責める口調だったリョーマに、電話の向こうの彼は小さく笑って言ったのだ。
『夢でいいのか?』
もちろん、実物の方がいいに決まってると、早く帰ってきて欲しいんだと…――。
即座に言い募ったリョーマはまた笑われてしまった。
電話越しだからこそ。
優しい吐息に隠された彼の本音が伝わって切なくて仕方なかった。
「宮崎か…、部長、早く帰ってきて欲しいよね」
カチローの沈んだ声とリョーマの仕掛けた目覚ましの電子音が鳴るのが同時だった。
「あ!」
驚く二人の前でキュップを顔から取って起き上がり、被る。
そして外したまま側に置いてあった腕時計のスイッチを押して小さく鳴り続ける音を止めた。
「何?」
あくびもしないのだ。
起きていた事は十分理解出来るだろう。
視線を向ければ、二人とも固まっている。
「お、起きてたの?リョーマ君」
「だったら、なに?」
恐る恐る尋ねるカチローに正解だと教えてやる。
「意地悪い真似すんなよな!」
「寝てる人間の真上で噂話するのと、どっちが意地悪?」
言い返せばカチローとカツオが慌てて首を振った。
「噂話って…」
「違うよっ。噂話じゃなくて」
「ふぅん」
ま、いいけど。
実際、慌ててる三人が自分に悪意が無いのは知っているし、興味もない。
ただひとつだけ気になった事があってリョーマは口を開いた。
「不二先輩がなんだって?」
「聞こえてたのかよ?」
真上で話しておいて聞こえてないと思う方がどうかしていないだろうか?
リョーマの呆れた視線に、カチローがおずおずと言った。
「リョーマ君が最近休憩時間に眠るようになったのは、夢の中で部長と会ってるからだって…」
「……――」
カチローの言葉に、唖然としたリョーマだったが、続くカツオの言葉にさらに固まることになる。
「じゃなきゃとっくに我慢できなくなって家出でもして宮崎に行っちゃってるよ、って言うんだ…」
「いっくら越前でもそんな事はしないだろう…って思ったんだけどお前寝てるし」
「だから…――」
「本当なのかな…って…」
リョーマは一つ溜息をつくと低い声で言った。
「…夢に出てくれる様な、そんな甘い人じゃないよ。」
「え?」
「だから、不二先輩に言っといてくれる?オレ、マジでそのうち宮崎に行くからって」
「越前?!」
「そろそろ…お互い我慢の限界だしね」
「リョーマ君…?」
三人の驚きを気にも留めずにリョーマは一気に言うとコートに向かって歩き出した。
そんな彼の後姿を呆然と三人は見送ってしまう。
「あのさ…今のノロケ…?」
最初に我に返ったのはカツオだ。
「うん…多分…」
その言葉にカチローも赤面しつつ頷く。
「か〜!!なんだあいつ!生意気!!」
そして、堀尾がわめいた。
「でも…かっこいいよね…」
「うん、リョーマ君、本当に僕達と同じ年には思えないよね…」
動揺のあまりすっかり時間を忘れていた三人は、集合に遅れたために大石部長代理よりグラウンド10周の罰を受けることになる。
「まだまだ…だね」
桃城とのラリーを始めていた元凶のリョーマはそんな同級生達を見て言ったのだった。
3000hitを踏ませて頂いて頂戴した、町田あきこさんの「about him」でした。
ありがとうございます!!
夢でいいのか?って言う手塚が男前で泣けてきます。
そして、そんなに甘い人じゃないよ、とリョーマ…!にゃろう!のろけてるわ、この子!!
手塚を知るリョーマだからこその言葉ですよね。…モエ。
町田さん、本当にありがとう御座いました!
こちらを頂戴した町田さんの素敵サイトはコチラ!
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