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愛は寛容にして慈悲あり、
愛はねたまず、愛は誇らず、

高ぶらず、非礼を行わず、
おのれの利を求めず、憤らず、

人の悪を思わず、不義を喜ばずして、
まことの喜ぶところを喜び、

おおよそ事忍び、おおよそ事信じ、

おおよそ事望み、おおよそ事耐うるなり、

愛はいつまでも絶ゆることなし。

(コリント全書十三章)




Happy Wedding




その光は綺麗だと思った。
赤い絨毯の敷かれたバージンロード。
正装した父親と出て来る花嫁。
真白な純白の新婦に手を差し伸べるのは新郎様だ。
教会の椅子からの視線を全く気にせず、二人はゆっくりと牧師の元へ歩く。
その横顔すら凛としていて。
牧師が言葉を言ってる途中もずっとその二人は真っ直ぐと前を見ていた。
ぼーっとそれを見ている間に二人は誓い合い、牧師は囁く。

「では、誓いのキスを」

その言葉と同時、二人の顔は近づき重なった。



『今終わったよ。ねえ、会いたいから来て』

ピ!と小さな電子音と共にそれを送った。自分でも我侭だと思う。
それでも今すぐに会いたくなったのは彼だけだったのだ。
普通ならば披露宴という席にいるはずのリョーマは教会の椅子にじっと座っていた。
十字架の後ろから少しだけ陽の光が差し込み、教会の中を更に際立たせる。
それを三番目の席からぼーっと見ながら自分の左側に置いた携帯に目をやった。
受信メッセージはない。もしかしたら気付いてないのか、それとも故意的に無視でもしてるのか。可能性的に言えば恐らく前者であろうそれ。くすり、と笑ってしまう。

どうして自分はこんなにも彼の事が分かってしまうのか。

それを目の当たりにされたようで可笑しくなって少しだけ体を動かせば右側でカサリと何かが小さな音をたて、動いた。リョーマはその存在の再確認を行う。
自分の右側にあるもの。
赤い薔薇と白い薔薇で出来た綺麗なブーケ。

『リョーマさん、コレ花嫁さんがリョーマさんにって』
『…何で?俺がもらっても意味ないじゃん。菜々子さんにあげるよ』
『ならリョーマさんの好きな方にあげたらいいんじゃないかしら。ほら前から言ってた』
『…………あげたら何かなるの?』
『好きな人からのプレゼントに喜ばない人なんていませんよ』

そう言われ、うっかり貰ってしまったのだ。薔薇特有の香りが鼻を擽り、妙に気分がいい。
考えもしない間に携帯画面を開き、彼にメールを送っていた。
そう、薔薇の香りの所為だ。リョーマはぼーっと目を瞑る。
白いウェディングドレス。赤い絨毯を歩く二人の姿。
幸せそうな表情を晒し牧師も笑顔で誓いをさせ。

きっと俺には一生ない光景。

俺が他の人を好きにならないなら。
彼が俺以外を好きだと思わないのなら。

きっと一生出来ない誓い。
だからこそ彼を呼びたかった。
そしてここで二人で座っていたいと思ったのだ。

「……本当にどうしてこんなに好きなんだろうね…」

呟いて苦笑する。
そうすると後ろの扉が小さな音をたて開いた気がした。
振り返ると逆光の中背丈のある彼の姿が目に映った。
無意識に頬が緩み口元が綻んだ感覚を覚える。

「部長、早いっすね」
「待たせるわけにはいかないだろう……というより、いいのか?」
「ただの教会だよ。いいに決まってるじゃん」

来て来て、と言ってリョーマは手塚を手招きで呼ぶ。手塚はゆっくりと歩いていった。
そのままリョーマの横に座る。

「どうだった?」
「綺麗だったよ。結婚式って本当に真っ白な服なんだね」
「新郎も白だったな、確か」
「行ったことあるの?」
「ああ、母の友人の招待でな。確かに綺麗だった」

思い出すように呟く手塚の口元は僅かに笑みが乗せられていた。
リョーマは眩しそうに目を少しだけ細める。

「……部長もいつかするのかな」

ポツリと呟くように言えば手塚が視線をやったのが分かる。
リョーマはぎゅっと両手を握り合わせ少しだけ俯き加減でゆっくりと口を開いた。

「さっき思ったんすよ。俺は一生結婚出来ないんだろうなって。
  だって俺あんた以外を愛す気ないし、好きになれるはずもないだろうからね。
  だけど、それは俺の中での話で、あんたは一生の内で俺よりも大事な人を見つけて」

自分の声が震えているような気がした。
だけどそれでも今ここで言わなきゃいけない事のような気もして続ける。

「いつか……あんたが結婚する時に俺はその場に招待されたりすんのかなって。
  笑って『おめでとう』って言って………」


そして、忘れなきゃならないんだろうか。

今までの思い出だとか。
ちょっとした仕草が好きだったとか。
たまに笑ってもらえることが本当に嬉しかったこととか。
そうゆうのを全部。



全部俺だけが覚えてるんだと思えば寂しくなった。



本当にどうしてこんなに好きなのか。
分からないくらいに彼を好きだと思う。



「…まだ何か言いたいか?」
「………じゃあ…うん、一つだけ」

紡がれた言葉に対しゆっくりと深呼吸。
薔薇の香りにさえ惑わされない答えを自分の中で出して。



「ごめんね。俺はあんたを愛してる」



それだけは一生変わらない。



ゆっくりと顔を上げた。みっともない顔を晒してるかもしれない。けれどそれでもいい。
構わない。リョーマはぼんやりと手塚を見る、と。


うっすらと微笑み、それでいて悲しげな顔をしていた。
胸がひどく痛くなるのを感じる。
反射的に彼の名前を口に出そうとすれば目の前の人物の声に遮られる。

「お前は自己完結が本当に得意なんだな」
「ちがっ……って、え?」
「それでいてお前の中の俺は相当お前を嫌ってるようだ」

きっぱりと言い捨てた手塚の顔をリョーマはポカンと見つめた。


「本物の俺はお前を心底好いているんだがな」


「は?」
「一生の中で誰と会えるのかは知らんが俺はお前の側にいたいと思う」
「…へ、は?」
「お前は架空の俺に別れを告げるみたいだが」

手塚は少しだけ顔を十字架の方に向けた。


「残念だな。俺はお前が思ってる以上に愛してるみたいだぞ、越前」


強烈なお答え。

目が熱くなるのを全身で感じ。
手が緊張して動かない思いに囚われ。
思考が勝手な妄想を書き換え。

頬だけが緩んでいくのを自覚した。

「……あんた本当に部長?皮をかぶった不二先輩じゃないよね?」
「何故不二なんだ。悪いが正真正銘俺だ」
「じゃあ………じゃあさ、俺今すぐにやりたいことあるんだけど」
「何だ?」
「結婚式しよ?」

リョーマはそう言うとギュッと手塚の左手を自分の唇に持っていく。
手塚は驚いたように目を見開くが決して抵抗しないでいた。
リョーマは目を瞑る。

「……俺とあんたは決して世間じゃ認められない関係で、これからも色々あると思う。
  辛いことも逃げ出したいことも不安もいっぱいあって……その度に喧嘩して」

リョーマの声が響き渡る中手塚は目を細めた。
数秒の間を置いてリョーマは口を開く。


「それでも重荷も幸も全部ひっくるめて一緒に背負いたい。
  健やかなる時も病める時も一生本当にずっと」



「愛すことを、誓います」


ちゅ、と軽い音をたてリョーマの唇は左薬指に落ちた。
僅かにぴくんと反応する指先に内心嬉しく思いながら上目遣いで彼に問い掛ける。

「誓いますか?」
「……普通は誓った後に指輪交換だろ?」
「だって指輪ないし、今すぐにあんたのここにキスしたかったし」
「手の早いことだな……答え聞くか?」
「うん、言って」

リョーマが真剣な表情で強請れば手塚は苦笑する。


「誓う」


言葉にすればたった三文字にしかならない想いはリョーマに深く響いた。
ゆっくりと微笑み後ろ手でブーケを掴み取ると手塚に渡した。
手塚はあまり嬉しそうではないがそれを受け取る。

「ねえ、最高のシチュエーションだね。夕日の中の教会で結婚なんて」
「綺麗なブーケだな」
「でしょ?あんたにあげるね」

そう言ってリョーマは手塚の手を握り、横を向いた。
手塚も気付いたのか顔を横に向ける。

「結婚式お互い見てて良かったね。先が読めるでしょ?」
「……まあな」

低い声で呟く手塚が照れてると気付くとリョーマは苦笑した。
そして手を強く握り締め近寄り。


「では、誓いのキスを」


声と同時に二人の顔は重なった。
夕日の差し掛かる十字架だけがその誓いを認めて。





end














凪月ナギさんのサイト、High shoes!さんが一万打でフリーダウンロード企画をやってらしたので、がっつり☆頂いてきました!
正に!今、結婚ネタで頭がいっぱいの私の為に書いてくださったとしか言い様がないですね!(違います)
というか、わたし、ふつーにこいつら結婚すると思ってまして、これを読ませて頂いて初めてこいつら男同士で現段階の日本の法律的には結婚できねえんじゃん!と気が付きました…。頭沸いてます。すいません。
そして、こっそり自分の写真とか、使って、みたり、ね?(恩を仇で返すような真似をしないでください!)

凪月さん、ありがとうございました!
そして、一万ヒットおめでとうございますー!

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