TRACE MARKS
おはよう、と声をかけられるよりも先に、ぺろり、と自分のユニフォームの背を捲り上げられて、リョーマが疎まし気に後ろを振り返れば、身を屈めてリョーマの剥き出しになった背中を笑顔で眺めていた。
「飽きないね……、君達ってば」
後ろの方で、がたり、と椅子が奇妙な音がして、ロッカーに向かって着替えをしていた身体をリョーマは振り返らせた。
「どうしたの?」
脱ぎかけのユニフォームから頭を抜いて、腕にもたつかせながら椅子から半身転げ落ちている手塚へと問う。
部活を終えた後には必ず部誌を書く彼。たとえ土曜の休みの日の練習でもそれは変わらぬ習慣で。
毎日毎日、そう変わらぬことをし続ける彼に、飽きないの?と尋ねたことがあるが、部の責任者として一番最後まで残る必要があるからその暇潰しだと答えられた。
性根は結構いい加減な部分もあるらしいと気付いたのはその返答のおかげだ。
そんな手塚が、何だか申し訳無さそうな顔をして、身を正した。
「お前、その背中…」
「ああ…」
そこは今朝、不二にも指摘された部分だ。何が在るのかはもう知っている。
赭い筋が幾つか走っているのだろう。目の前の人物が付けた昨夜の爪痕が。
手塚の爪は特別伸ばされているわけでも、鋭利な訳でもないけれど、どうしても確りとしがみついてしまうせいで、そして藻掻くように何度も攫み直してしまうせいで、どうしても夜が明ければ赤い筋道がリョーマの背にできてしまう。
「まだ残ってる?」
自分の背を窺うようにして覗き込む。肩を引き寄せても自身の背中は見えないけれど。
「ああ」
「目立つ?」
「…少しだけな」
今、この昼過ぎの時刻で見えるものならば、今朝、不二の監査の時にはきっとくっきりと輪郭もシャープに見えていたのだろう。
感慨深そうに感想を漏らした不二の声が一瞬脳裏を過る。
痕が目立たない様に手袋でも貸してあげようか?とお節介な事すら言われた。
生憎と、そんなマニアックな行為に興味は無かったので慎んで辞退しておいたけれど。
「痛く、ないのか?」
書きかけだろう部誌を机に放置したまま、手塚が椅子から腰を上げてリョーマの下へと近付いた。
腕に絡ませていた汗だくのユニフォームをテニスバッグへとリョーマは放り込んでから手塚をくるりと振り返る。
「じゃあ、部長はいつもオレが付ける痕、痛む?」
「いや…?」
「それと一緒だよ。痛くない」
そう言いのけたリョーマに、手塚は何かを言い募ろうとするが、結局言葉にならずに喉の奥へとそれは引っ込んだ。
酷くすまなさそうな顔をしてくる手塚にリョーマは大丈夫だから、と宥める様に告げる。
それでも、
「…っ!!?」
小さくも逞しいその背が自分のせいで傷がついているのはどうしてもいたたまれなくて、
「ぶ、部長…?」
驚き戸惑うリョーマの声ごと、手塚はその腕に抱き込んだ。
背に回した手の平で、傷があるであろう場所をそっと撫でる。まだ運動後らしく熱を持った少年の身が小さく跳ねた。
「すまない…」
「大丈夫だって、言ってるのに…」
腕の中でくすり、と笑う感触。
リョーマの背の筋は密接しても手塚の身長では視界に入る。
小さい背中に赭い複数の線。幾ら、昨晩、意識が自分のものでは無く、無我夢中で縋り付いていたものだとしても、僅かな罪の意識を覚える。
今日の晩にでもなれば、すっかり消えてしまうのだろうけれど、それでも自分にとっても大事なリョーマの身体に傷を付けてしまったことはどうしても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
線をなぞるようにして、背を摩ってくる手の平が擽ったくて、手塚の腕の中でくすくすと笑いを零し乍らリョーマは身を捩る。
「大丈夫だから。ね?」
「しかし…」
「むしろ、これは自慢なんだから」
「自慢?」
リョーマの背を撫でつつ、手塚が尋ね返せば、もぞもぞと腕の中のものが動く気配がして、掌が胸の辺りに宛てがわれた。
「ここ、多分、昨日の痕残ってるでしょ?」
こくり、と手塚は頷いてみせる。
そこは確かに昨日の晩、リョーマが手塚に鬱血痕を残した箇所。
勿論、そこだけではなくて、衣服に隠れているせいで見えはしないが、躯のあらゆる場所に赤い点が付いてはいる。
全て、リョーマが愛おしさの剰り、点けてしまったもの。
「これは、証拠」
「証拠?」
そう、と手塚の中で小さく頷く。
「アンタがオレのものだっていう証拠。で、オレの背の痕は、オレはアンタのものだっていう自慢」
たとえ、それが誰に見られる訳ではなくとも。
知っているのは二人だけでいい。
「だから、もっと付けちゃってもいいんだよ」
冗談めかしてリョーマは言う。
「もっともっと、アンタのものなんだって思わせて」
大好きなんだから、と告げてリョーマも手塚の背に腕を回した。
TRACE MARKS
背中の爪痕話大好きです。
othersへ戻る