take a fancy feeling
















す、す、す、と忍び足で近付いていって、彼の隣をさり気なくキープ。
隣に立たれた気配にふと彼も視線を巡らせ、そして巡らせるだけでは視界の端を掠る程度だけだったものだから、そのまま顎を引いて視線を下ろした。
そこに白いキャップ帽を頭に乗せた少年を見付け、何の感動も無さそうに彼がまた視線を戻していくものだから、手塚の隣に佇むリョーマはきつく睨み上げた。

「何かないの?」
「何か、とは?」

彼は真っ直ぐに正面を向いたまま、妙に響く声でそう返した。リョーマは苛々するその横顔を更に睨む。

「斜め上から見た顔はイイ感じに映るんだって。知ってた?」

丁度、手塚がリョーマを見下ろすようなそんな斜め上と斜め下の関係が。好く映る。
そんな、こちらが最高に映えて見えるポジションにわざわざ立って、わざわざ見せてやっているのだから、感嘆詞のひとつくらいはあってもいい。リョーマが不満だったのはそこだ。
もっともっと好きになってもらいたくて、こちらは必死の手立てなのに。彼から何もアクションが無いのが気に入らない。
隣に立った人物が誰か解ったことで漏らす、「ああ」程度だって良かった。

彼が寡黙だからこそ、一言でも多く言葉を引き摺りだしてやりたい。
己も言葉少なな人間であることは棚に上げた、そんなリョーマの発想だった。

けれど、彼は冷たくて。

「そうか」

リョーマの言葉が本当なのかどうか、その確認がてらの一瞥も無く、彼はまだ正面を向いていた。
二人が居並ぶその前面では、今日も元気に黄色いボールがネットを挟んであちらこちらと飛び跳ねている。リョーマだとて、その景色は好きなのだけれど。今は気に入らない。

苛々する気持ちを募らせつつ、手塚をそのまま見上げていれば彼は何かの用事を思い出したのか、隣人のリョーマに断りも無く、どこへ行くと言うでもなく、急に身を翻した。
その先をリョーマが視線だけで追えば、フェンス角近くのベンチに腰掛けた河村の方へと気持ち悪いぐらいにシャキシャキとした足取りで向かって行った。その後をリョーマは追わなかった。
ただ不貞腐れたみたいにキャップの鍔を引いて、目の辺りに陰を作った。

「愛されてない、とか考えてない?」

にゅ、っと。それこそ唐突に、眼下に蹲った不二が姿を見せて、思わずリョーマはぎょっと1、2歩後ずさった。その様はよろめいているようにも見えた。
リョーマに距離を作られて、不二は折り畳んでいた膝を伸ばして、ぱん、と腿の辺りに出来たジャージの皺を叩き払った。
そしてリョーマを見下ろし乍らにこりと笑みを浮かべた。相変わらず、底意地が悪そうだとその笑顔へとリョーマは感想を覚えた。

「そういうことは考えてないッス。あの人はああいう人だっていうイメージ通りだから」

逆に、付き合い始めたからと急にデレデレされたりベタベタされたりする方がリョーマには気持ち悪い気がする。
恋人に対しても冷淡なくらいが手塚という人間には似合っている気がする。時に不愉快に思うこともあるけれど、不二が言うような不安とはまたそれは別のもの。

それがねえ、と前置いて、不二は噛殺しきれない苦笑で口を突かせた。

「近頃、手塚ってば酷いんだよ」
「酷い?」

何が、と続けて問いを重ねれば、視線の先にいる不二はリョーマと目を合わせてから、耐えきれない、とばかり、逆の方を向いて盛大に吹き出した。
不思議そうに首を緩りと傾げつつ、自分が笑われているらしいことにリョーマの中に住む癇の虫は騒ぐ。

「だあって、越前。君は知らないんだろうけど、聞きたくも無いのに惚気を真面目な顔して喋る手塚は酷いと思わない?」
「……は?」
「まだデレデレするなりニヤニヤしながら惚気られるならこっちも揶うけどさ、すっごい真面目くさった顔しながら、『越前はいい名前だな』とかよく解んない惚気を突然始めるの。しかも際限無く」

酷いよねえ、と不二はリョーマへと同意を求めた。けれどリョーマは頷くに頷けない。

なんだかもの凄く、意外な一面をひょんなところから聞いてしまった。こちらには言葉少なな癖に彼等に対しては何やら饒舌であるらしい。しかも話題が自分の事のみを延々、というのはリョーマにとっては少々、薄ら寒くあった。

「多分、今はタカさんが惚気の餌食になってるんじゃないかなあ。すごく困った顔、してる」

収まりきらない笑みを湛えつつ、不二はすいと指で差し示した。フェンス角近くのベンチに腰掛けた河村と、その傍に立ったままの手塚とを。
首を捻ってリョーマもそちらを伺ってみれば、饒舌そうに口の開閉を続ける手塚と、見目にも明らかな程、眉を垂れ下げた困り顔の河村がいた。
手塚の声が珍しく周囲の賑やかな声に掻き消されてこちらまで届かない。

「なんで、オレ本人には言わないであんなとこでコソコソやってんでしょうね、あの人」
「そりゃ、君って褒めたら付け上がりそうなタイプだからじゃないかな。上機嫌な越前より不機嫌な越前の方がいい、ってこの間、手塚が惚気てたよ」
「はあ……」

不二に先述されたけれど、確かに理解し難い惚気もあったものだな、と、本音の部分でリョーマは呆れた。それは顔色にもそれとなく滲み出る。

「苛々してる君の目は更に吊り上がってて可愛いんだって」

ああ、だからあんなにつれない態度なのだろうか。ふ、とそんな考えがリョーマの思考に湧く。
わざとこちらに苛々する気持ちを蓄積させて、目を吊り上げさせ、睨ませて、それを楽しんでいるのだろうか、彼は。
そしてそれを本人にぶつけるでなく、周囲にいる友人達へ惚気として――恐らく、自慢気に――発しているのかもしれない。リョーマはその場に居合わせたことが無いものだから、全ては想像の範疇でしか無いけれど。
だとしたら、今、目の前に立っている、本音が常に伺い知れない先輩よりずっと底意地は悪い。性格が捻曲がっているにも程があるだろうに。

「…ひょっとして、オレ、なんか変なのに引っかかっちゃったんスかね?」
「さあねえー。あんな変な子だとは思ってなかったからなあ。でも、まあ、」

いいんじゃない?と不二はまた笑った。

「惚れ込まれる、って悪くはないでしょ?」
「できれば、もうちょっとだけでもこっちに直球だといいんスけどね」

また手塚がどんな惚気を口走っていたのか教えて欲しい、と不二に頼んでから、リョーマは脇を擦り抜けて目の前にあるコートへと躍り出た。
ラケットとを手にグリーンの上を駆け抜ける自分に対して、彼はまた愛ある陰口を誰かに叩いたりするのだろうと想像しつつ。

グリップを握る手に、筆舌では表し難い奇妙な汗が滲んだ。


















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女々しい手塚。しゃきっとぱきっと言うのはもう少し付き合いが深まってから。(多分
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