dehiscence wound
















轟音の様な脈を感じたあの日から五日。リョーマが手塚と初めて肌を重ねてから五日。それが経過した頃、漸く、リョーマは手塚の異変にふと気付いた。
それは部活中でのこと。



あの日が明けた翌日。嬉しさとほんのちょっとの照れからお互い、真面目に顔を突き合わせられなくて、ただお互い黙ったまま衣服に袖を通したその日は、リョーマも手塚を気遣う声は何度かかけた。
手塚が立ち上がった後のシーツに明らかに初めてのそれと解る赤い血液が数滴、付着していたものだから。
優しくする、ということを念頭に置いて挑んだ筈だったのに、思いの外、箍が外れていたらしいとリョーマもそれで悟った。そして襲う少々の反省。

リョーマが度々、気遣う声を部活中に投げていた五日前は、手塚は碌にベンチに腰掛けなかった。部誌も珍しく大石に預けて、パイプ椅子に座ることを敬遠していたようだった。
椅子に座れば、患部が体重を一度に受けてしまうからだろうと、そんな手塚の様子はリョーマにはすぐに納得できた。だから、帰り道はより一層、気遣ってしまい、逆に手塚の方が辟易していた。

そんな日から五日が経った今日、手塚が未だにベンチに腰掛けず、ただ何かの銅像みたいにフェンスに寄り掛かり乍ら立ったままでいることに、リョーマは漸く気付いた。
そういえば昨日も、一昨日も、手塚が何かに腰掛けている姿を見たことが無い。審判台にすら座っていない。

まさかまさかと、リョーマは”もしかして”の思惑を抱き乍ら、フェンスに凭れ掛かってコートをどこか茫洋とした面持ちで眺めている手塚へと近付いていった。
手塚の隣まで来ると、コートの様子を眺めていた手塚の視線がすぐに下りてきた。カチリと目が合った後、彼はまだ一瞬だけ面映そうに表情を緩める。あの晩は、まだ彼の中で鮮明なままなのだろう。勿論、リョーマだとてそうだけれど、弱冠乍らも確実に蓄積している経験値の差から、リョーマの表情はこんな公の場では涼しいものだった。

「ねえ」

言葉と共に、リョーマは手塚の袖を軽く摘んで引いた。
どうした?と用件を尋ねようとするかの様に、手塚の頭も少しだけ傾ぐ。

「ひょっとして、まだ痛むの?」

欠落した主語は何なのかと、手塚が反問するより早く、袖を掴んでいたリョーマの指先がこっそりと手塚の臀部を撫で摩る。
手塚はフェンスを背にしていたから、フェンス外の人間にリョーマの動きは見えただろうけれど、辺りを囲うフェンスの中に居る人間達には露見しない。

「 こ   こ 」
「…っ!」

素早い動作でリョーマの手首は捻り上げられ、頭上に掲げられた。片眉をぴくりぴくりと跳ねさせる赤く変化した顔色の手塚を見上げ、くだけた謝罪の代わりにリョーマは上目遣いでぺろりと舌を出してみせた。リョーマが浮かべた悪戯っぽいその態度のせいで、手塚はそれ以上次の句が告げず、ただ不満そうに眉間に浅く皺を寄せた。
小難しい顔をしてみせても、その頬は浮かべた色を褪せさせることがないままなものだから、リョーマはどうにもこうにも可笑しくって、肩を震わせ、声も無く忍び笑った。

一頻り、笑った後、リョーマは手塚を改めて見上げる。

「ずっと座ってないみたいだから。まだ痛むのかと思って」

どうなの?と首を傾げてみせても、頭上で手塚は黙ったままで。そんな反応にリョーマは更に首を倒した。
YESかNOか、某かの反応があっても良い筈なのだけれど。それすら全く無く、本当に手塚は一言も発さずに黙ったままで。表情も次第にいつもの涼やかなものに変わっていく。
変だなあ、と今度は逆の方向へとリョーマは首を傾けた。

「もうそろそろ、痛みは無くなっていい時期だと思うんだけど…………ねえ、どうなの?」
「……」

長い沈黙を手塚は保ち、その後に緩々と口を開いた。聞き取りにくい小声がその口元から出てくる。
痛みはまだある、と。

きょとん、とリョーマは目を丸めた。まだ痛みが引き摺られているだなんて、少しばかり想定外の出来事だったものだから。
そしてその後に、非常に胸が痛くなる想像がもやもやと浮かんだ。

「……あの、さ」

気まずそうにリョーマは顎を引いて、前鍔の縁からこっそりと両目だけを覗かせる。

「ひょっとして、オレ、ものすごーく、傷付けちゃ、った?」

あの晩の記憶が全てあるかと言われれば、正直危なっかしい。最中に浮かべていた手塚の表情や息づかい等は鮮明なくらいに覚えているのだけれど、殊、自分の行動となれば夢中だった節があった。
何しろ、行為自体が初めてでは無かったにしろ、手塚が相手というのはそれこそ”初体験”で。彼に恋心を攫われたあの日から、静かに求め、欲していた事だったものだから、必死過ぎて。浮かれていたのもあったのかもしれないけれど。
何にしろ、リョーマは手塚の秘所を傷つけてしまったと知ったのは、翌日、手塚がベッドから身を起こした後だったものだから。
どれ程の傷を負ったのかを知らなかった。

それが、シーツに付着した血液量から判じたリョーマの予想を上回る大きな傷口だったのかもしれないと思うと、猛省の思いが胸や思考を支配した。

けれど。

「……………………………いや、」

ずんずんと沈み始めたリョーマの思考を、手塚のその一言が不意に止める。
俯いていっていた顔をリョーマがふと上げた先には、今度は彼の方が気不味そうに上空へと視線を彷徨わせていたものだから、何だろうかとリョーマは彼を注視した。

遂には口元に手を宛てがい、呟きよりも更に小さな声で手塚が口を利く。

「最初の傷は大したことは無かったんだが―――」
「…無かったんだけど……?」

耳を澄まして何とか聞き取り、その言葉尻を反復させれば、手塚がまた間を空ける。リョーマは少しばかり焦れてきた。
言いたいことがあるならば、はっきり言ってしまえば良いのに。

スパコーン、と間の抜けたインパクト音が背後にあるコートで響く。

「その………あれだな」
「なに」
「……ちょっとした興味からだな……」
「うん」
「……………指を……」
「まさか………毎晩挿れてみてる、とか、言わない、よね?」

試す様に告げたリョーマのその言葉に、どきり、と言わんばかりに手塚の痩躯が跳ねた。顔も見る見る内に耳の先まで紅潮が広がっていく。
図星なのだな、と手塚の反応から窺い知れたリョーマは何とも言い難い気持ちを覚えた。この間が初めての経験だった筈の人が何をしているのだろうかと。

別にリョーマはそれで呆れた訳ではなくて。
ちょっと好奇心が過ぎやしないだろうかと、覚えたものは呆れよりもどちらかと言えば心配の気。
けれど。ふう、と吐いたリョーマの溜息を手塚は呆れているものだと取ったらしく、抗議の声もあげずにただ赤い顔をぷいと逸らした。彼としても、恥ずかしい告白だったのだろう。

「ねえ、部長。そういう隠れた遊びをするよりさ、」

にんまりとリョーマの口角が上がる。

「早く治して、”オレと”もう1回しよ?」


















dehiscence wound
越前の穴兄弟はという問いに、手塚の指じゃないスかね、と某リョ塚教室(笑)で答えたことをふと思い出しました。笑。
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