heavy emotion
最初は彼の、その激情に戸惑った。
そうやって追い求められることにも免疫が無かったのもあったのだろうけれど、彼は映画か小説の世界に住む人間と酷似して、実に情熱的だった。
だから本気なのだろうかと、まずは疑いをかけ、それから気持ちは転がった。これが思春期特有の勘違いだろうと冗談だろうと、構わないな、と。
彼になら弄ばれることも一興かもしれないと思った。
底意地が悪いのか、将又、度胸があるのか。
手塚自身には判断がつかなかったけれど、リョーマにぽろりとその事を話してみれば、「オレが相手だからでしょ」と自惚れられた。
「そうなのか?」
傍目から見れば、恍けている風な様子で手塚が言うものだから、リョーマは口端を吊上げて笑った。
「オレがかっこいいから、その波に飲まれちゃったんだよ」
しょうがないよね、とリョーマが笑い、ああそうかもしれないなと、口には出さずに手塚は思う。
自惚れたって仕様がない。手塚の目から見ても、世辞、社交辞令抜きに格好良い男だと思うものだから。これに惚れるなという方が難しい。この小さな生物からありったけの激情を向けられて、惚れない人間がいたら見てみたい。
そう思うに足りる程、目の前にいる少年は他の者にも男惚れさせていて。男で無いものには、普通に恋慕を抱かせている。
一見、淡々としている癖に、一度ラケットを握り、ボールを弾ませてコートに立った瞬間、激情に点火されるせいだろう。ネットの向こうにいる人間がより強い相手ならばより一層に。
彼は燃え滾り、激しい情熱を見せる。
自分よりも、それは強いものな気がしていたけれど、リョーマに言わせれば、
「部長も大概だよね」
そう笑われた。
そして、彼は続けざまに尋ねてくる。
「どうしてオレが部長に惚れたと思う?」
そういえば今更なのだけれど、どこを好きになったのだろうかと疑問が過る。
その手の話をすることもなく、手塚はリョーマの気持ちを承諾していたものだから。
今は、何かと彼に飲み込まれた後。
そんな小さな疑問さえ、出会ってこの方、一度も話したことが無かった。
だから、推測の答えも出さず、手塚はどうしてなのかと尋ね返すに留まった。
「この人なら、オレの激情に耐え得るかな、って思ったから」
だから好きになってみたと、リョーマは平然と言い放ち、何が可笑しいのか少しの間、くすくすと忍び笑った。
そんなリョーマの様子を、手塚は不可思議な気持ちで眺めた。
「だって、他の人間じゃ相手にならない。部長ぐらい普段、淡々とした人じゃないと受け止めきれないよ」
「…。乾も、淡々としていると思うが?」
「ああ、あれはダメ。あの人はきっと、意外に情熱家だから。第一、オレはあの人を打ち負かしたしね」
「自分より弱い人間に興味は無いと?」
「恋人としては考えられないんじゃない?」
「では、」
至って真面目な顔をして、手塚は自分がいつかリョーマに負ける日がくれば気持ちが冷めるのか、というようなことを尋ねた。
その問いにリョーマは僅かばかり目を丸め、今度は声を立てて盛大に笑い飛ばした。
「あのねえ、そういうのは心配しなくていいよ」
「何故だ」
リョーマがひけらかした理論でいけばそうなる筈。
それを、目尻に涙が浮かぶ程、大笑いして否定する様では、理論は破綻しているとしか言い様が無い。
「だって、もう好きになっちゃったし。試合の勝敗だけで気持ちが変わるレベルはもう越えちゃってるんだよ」
貴方は一度、オレに勝っちゃってるでしょう、と他人に利く口めいてリョーマが喋る。遠回しにそれが皮肉だということに、手塚が気付ける訳も無く。
「部長のことを捨てる時があるとするなら…………そうだね、部長がオレにわざと負けてみせる時じゃない?」
「試合の勝敗如何では気持ちが変わらないんじゃなかったのか?」
てんで矛盾している。手塚はそう思い、眉を顰めるけれど、リョーマとしてはまるでそうではないらしい。考える様子も無く、すぐに口を開いた。
「勝敗の結果じゃなくて、試合内容、のことを言ってるの。部長は本気でしか勝負ができない人だろうから、だから、好きになっちゃったの」
オレに対して、手抜き勝負ができる?と上目遣いに、酷く楽しそうな様子で、リョーマは尋ねてくる。間断も無く、手塚は首を横に振った。
そんな自殺行為めいた真似、できようはずが無い。
首を振った手塚を、「そうでしょう?」とリョーマは満足そうな笑みで眺めた。
「やっぱり、それは貴方だからなんじゃないですかね?」
徹底的な冷静は、激情と紙一重なのだと、それは360度ある円を描くようなものだと俄に理解し難いことを嘯いて、リョーマは空を見上げてから目を細めた。
盛夏が近い。
heavy emotion
なんなんでしょうな、この話は、と私だけは言ってはいけないことを口走ってみる。
戻る