mira cle
















奇跡とは何ぞや。

「発祥はキリスト教って聞いたことがあるんだよね」

たっぷりと熱い夜が明けた後、まだ薄い光しか差せない窓の方を見上げ乍ら、リョーマは素っ裸のままでベッドの上をごろりとひとつ転がった。体温が手塚へと距離を詰めてくる。
彼が目覚めたのは本当につい一瞬前。重い瞼を持ち上げ、ぱちりとひとつ瞬いた後、視線を弛りと手塚に向けて目を細めてから唐突に話を始めた。
そんなリョーマの横顔を、然して時間差も無い時間に目を覚ました手塚は、度の緩い視力を以ってして眺めた。眩しく見えるのは、何も彼の顔目がけて注ぐ朝日のせいだけでは無いだろう。嬉々とした雰囲気が、リョーマの柔らかい毛先や鼻梁の先、唇の端や輪郭、ありとあらゆるところから毀れている気がした。

リョーマはシーツの上で頬杖を突いて、先を話す。

「セックスもしてないのにマリアが受胎したりとか、ゴルゴダの丘で死した筈のイエスが復活したりとか」

そこまで話されて、手塚もリョーマが何について話し出したのかそれと無く勘付いた。少々の知識があれば、誰でも知っているような簡単な話。
奇跡のおはなし。

しかし、手塚にはリョーマが何の為にその話を始めたのか、という見当は付かなくて。
ただ手塚はリョーマの横顔を眺めるに尽くした。目覚めて、一番にリョーマが隣に居るだなんて、そしてその彼が酷く楽しそうだなんて、リョーマが切り出している話では無いが、奇跡みたいだな、と茫洋に感じ乍ら。

そんな手塚を、ふとリョーマが振り返る。頬杖の上にある顔がこちらを向く最中、一度だけ瞼が伏せられたこと――思考の切り替えか視点の切り替えか――が印象的だった。
手塚とぱちりと目を合わせてから、リョーマが頬を緩める。

「いいね」

話の腰を完全に折り乍ら、リョーマがそう零す。何がどういいのか、なんてことはいつもの彼通りに省かれていたけれど、自分に対しての褒め言葉なのだろうと手塚は勝手に合点した。そしてそれは勘違いだったりしなくて。

答辞の代わりに、手塚は寝転んだままで肩をひょいと竦めてみせた。リョーマがまた微笑う。そして話は戻される。

「奇跡、なんて、今じゃすごく小さなことなんだと思う」

頬杖を解いて、手塚の額にリョーマはぺたりと掌を宛てがった。風邪を患った人間の熱を計る仕草とそれは同じ。そうして本当に熱でも計るみたいに僅かな間をリョーマは置いてから手を離した。

「小さいけど、でもすごく大きくもあるよね」
「矛盾だな」

どこか冷淡にも聞こえる声音で起床第一声を放ち、手塚は瞼を閉じて擦り寄る様にシーツの上を動いてリョーマの腋の辺りに額を埋めた。昨晩の香りが名残としてそこにあった。まだ少し汗くさいリョーマの体。

矛盾してるけど、と頭上でリョーマが笑い声を混じらせる。

「アンタが朝までここに居て、その時間のうちに隣でオレが起きてるっていう”今”は、十分に奇跡のカテゴリー内じゃない?」

自分が寝ているうちに帰ることも出来た筈で。帰らなくとも、起床してから支度をして学習机の前に据えられた椅子に座っていてもいい筈で。リョーマが手塚が居る方を向いたまま目を覚ましたりすることもあっただろうし。

「奇跡なんて、多分、幸運な偶然ってだけなんだろうね」
「恐らく、違わないな」

つい先程思い浮かべていた思考がリョーマの思考と酷似していることも又、奇跡の範疇内なのだろうと、手塚は思う。
似ていないところはまるで天体規模で似ていないのに、似ている箇所は中指と薬指の距離程に近似していて。

思うに。偶然どころか、日々なんてものが奇跡の連続なのだろうと。その奇跡が連続する内でも、特出した偶然のことを普遍的に奇跡と呼んでいたりするのだろうと。――例えば、奇跡の生還だとか、奇跡の大脱出だとか。

「でも、」

僅かな空白の後、リョーマが切った口火に手塚は思考を止めて視線を上げた。
途端、仰いだ鼻頭へと本日初めましてのキスが降り、手塚の裸眼をしてもくっきりと見える間近さでリョーマが言葉を続けた。

「部長がオレの傍にいるっていうのは、必然でいいと思う」

偶然では無くて。必然で。
奇跡では無く、何でも無いことで。――それでも、リョーマは奇跡と感じてしまうのだろうけれど。

「そうじゃなきゃ、オレがヤだ」

そんな我儘を言って、笑顔を微妙に不貞腐れた顔へと崩す彼はそれでも未だ眩しくて、九死に一生の奇跡よりも手塚はそちらの永遠性を不意に求めた。
永遠なんて無いだろうけれど、いつか最果てが来てしまう日が来るのだろうけれど、それでも、彼が永続的に在り続ける奇跡を願わずにはいられなくて。

一人で臍を矢庭に曲げた彼を宥める様に、伸び上がって手塚は快いキスをひとつ贈った。


















mira cle
あー…ありがちの話ですいませんごめんなさい。
手塚にとってもそうだろうけれど、わたしにとっても越前ってのは奇跡そのものなのだー…!と言い放ちたかったわけですよ。だって大好きが止まらないんだものー。
今日、一千万、を越前マン、に聞き間違えて過剰反応しますた。(聞き間違いってありがち。)(こないだは麺揃を素で越前と読みました)(アルヨネー)

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