AbsentMinded FallInLove
「かがやいてるねー」
「まぶしいねえー」
「……」
ちらっ、ちらっ、と左右から視線を感じてはいたが、それでも構わずに、視線を返すこともせず手塚は目の前に掲げた数枚の書類に目線を投じ続けた。
そして、そんな手塚が腰掛けるベンチの両隣席に座るは青学花組――基、3年6組生の二人組。揃いも揃って顔の汗を首にかけたタオルで丁寧に拭っていた。汗を拭き拭き、彼等の視線が向けられているのは中央の手塚、では無く、真っ直ぐ正面にある緑のコート。白いネット。黄色いボールに、メタルレッドのフレームヘッドラケット。そしてそれを握る小さな少年。彼は主に青で配色された由緒正しき青春学園男子テニス部レギュラージャージをはためかせつつ。彼がコート上で駆け回る度、左の不二か右の菊丸のどちらかが感嘆の溜息混じりに礼賛してみせた。
二人に挟まれて座る、折角の特等席にも関わらず前を見ようとしない手塚へ浴びせかけるかのように。
「飛び散る汗」
「轟く打球」
「……」
「かぁっこいいー」
「リョーマさまーぁ、抱いてー!」
やだ英二、それじゃリョ菊になっちゃうわよ。あらやだ大変、これってリョ塚のおはなしなのにね。
ねー。
ことり、とまた揃えられた笑顔で、二人して手塚の両肩に頭をこつりと寄せた。
手塚は面倒臭そうに眉を顰めて、唇を一文字に引き結んだ。機嫌が下降し出した時の顔。
その表情に、年々付き合いが密になっている彼等二人組が気付かない筈は無かったが、さらりと気に留めないフリをしたことはわざとだったのだろうと推測される。
「”各部予算案”なんて見て、面白い?手塚」
「…俺がいるいないで部の士気も変わるから来い、と言ったのはお前だろう?不二」
「生徒会の仕事とおちびと、見てて楽しいのはどっちさ、手塚ー」
「仕事を無理に持ち込んでまでここに来いとお前も言った筈だな?菊丸」
「だあって、そっちのが手塚のタメかなー、って。ね?不二」
話を振られ、不二もいつもの笑みでこくりとひとつ頷いてみせた後、わざと渋い顔をして片頬へと立てた人差し指をつぷりと埋めた。
「気を利かせてあげたっていうのに、手塚ってばその紙切れしか見ないし」
「…仕事優先で何が悪い」
所詮、中学校の生徒会と謂えど、その実態は何かと仕事がよく舞い込んでくる部署であったりして。組織の学べる良い社会勉強のひとつだと捉える部分もあるが、部活に差し障りが出てきた辺りで、手塚としても辟易しない部分が無い訳では無い。現に、今日も両隣の二人組からの勧奨が無ければ、今頃はあの日当たりが妙に悪い、けれど西日に限ってはよく入る生徒会室、その中にある重厚な生徒会長様用机とその他の生徒会執行部員達と共に囲まれての仕事だっただろうと思う。
何しろ、自由気侭な仕事では無く、何かと〆切が設けられているものだから。
そんな仕事の群にある中で、唯一、残りは目を通すだけ、という書類を選び、他の各執行部員に詫びを入れ、手塚としては”わざわざ”時間を裂いてここへ来た。
――だというのに。
「あたしと仕事、どっちが大事なノッ!」
隣では菊丸がそうやって戯けてみせながら、頻りに揶う。そして手塚を挟んだ向こう側では不二が手を叩いて笑い声をあげる。
気疲れした風の溜息を零してから手塚はまた紙面に目を向けた。
目の前にそれを掲げて読むのは、膝の上に置いて読めばどうしたって猫背になってしまうから。姿勢が崩れることをこの場に座った手塚は人一倍気にした。
何せ、目の前にあるコートに居る越前リョーマはこちらを向いているものだから。彼がこちらに背を向けているのならば、ここまでの気も使わなかったに違いなかった。
菊丸や不二が囃し立てるまでもなく、手塚の注意はリョーマに向いてしまっていた。
”目の前に居る”という事実だけでもこうまでして意識を持っていかれているのだから、目の前の書類一式を脇に置いて、直視してしまえば意識どころか視線目線の類は丸ごとそちらに持っていかれる。
彼のプレイ、プレイスタイル、試合運び。コートに立つ彼の素振り全てを目に焼付けたくて仕方なくなる。傍目から見れば恍けている様にだろう程、そこから視線が外せなくなる。
緑、白、黄、赤、青。カラフルな彼に網膜が焼け爛れようと、それでも目を外せないだろう。
それぐらいは手塚自身にも解りきっていたものだから、敢えて自重していたというのに。
横から伸びた不二の手が、無情にも、そして無謀にも、手塚が眺めていた書類の薄い束を奪い取ってしまった。ひょいと、その動きはあまりに軽快且つスマートな動き過ぎて、手塚が奪い返そうと意識を切り替えるよりも早く、先にネット向こうのリョーマと目がかち合った。
字面を追い乍ら、紙束の向こうに透けて見えもしないリョーマの影を追ってしまっていたものだから、双眸同士の衝突は訳の無いものだった。元から手塚の視線はそちらへと向かっていた。そして云うまでもなく、リョーマも。
故に、互いがつい驚嘆する程、鮮やかに双方の目線は通じ、先にリョーマがゆったりと目を細めた。
Gazing me more.愉悦した顔でわざわざそう言われずとも、魂でも抜かれた脱け殻にも似た風体で見詰めざるを得なかった。
客観的には渋面で試合を眺めているようでも、その裡で手塚は非常に恍惚的にリョーマの動きを追い続ける。
その現況を、まずい、と一番深く感じているのは手塚自身なのだから、後はきっと彼の自律次第。
AbsentMinded FallInLove
越前の臍は手塚が見過ぎた故にできた穴です。(違います臍帯の痕です)
夢見たっていいじゃんね。
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