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真上から虐めてくる初夏の太陽をリョーマは睨んだ。
家を出た頃は曇りがちだったものだから、油断をしてしまい、時折吹く盛夏の間近さを孕んだ暑い風に揺らされる軽い髪の上にいつもの白いキャップ帽は無い。
待ち合わせの相手では無いけれど、『何事も油断せずに』。そんな格言をリョーマは炎天下で心に刻んだ。

刻み込んだものは次に利用するとして。

「あっつー……」

陽炎こそ立ち上っていないけれど、確実に熱くなっているアスファルト。待ち合わせの相手がここまでの交通手段として使うだろうバスの停留所前には日を遮るものが何も無くて。
1、2m行ったところには既に葉桜となった大きな樹木が木陰を作り出しているのだけれど、そこに据えられているベンチは既に満席で。
皆、誰かの待ち人なのだろう。珍しく、手塚がリョーマを待つのでは無く、リョーマが手塚を待っているように。

初夏の筈なのに、この気前がいい陽気は何事だろうかと、リョーマはじわりと浮いた額の汗を拭った。
暑さにはどちらかと言えば慣れているけれど、それにしたって暑いものは暑い。
どうにか彼をきちんと待ち乍ら涼める方法は無いだろうかと、その唯一且つ手近な手段として、木陰のベンチが空かないだろうかと、背後を振り返れば、そこに座っていた大学生くらいの見知らぬ男性と目が合ってしまって。
偶然に視線が合っただけのこと、些細なこと、とリョーマが視線を反らすより早く、見知らぬ彼は席を立った。そして立ち上がったベンチ前でリョーマを手招いた。

周囲に待ち人がいるのだろう、と初め、リョーマは思った。けれど呼びかけに応じないリョーマへと彼は少し大きな声で「座ればー?」と言った。
ぱちり、とリョーマが目を屡叩かせたのは、つい吃驚してしまって。何しろ、彼は本当に名前も知らない初めてみる人間であったものだから。
顔をまじまじと凝視してみても、やっぱり、どこかで会った覚えは無い。

不審感を漲らせつつも彼へと近付いていけば、「あんなとこにいたら暑くて参っちゃうだろ?」そう言って気さくに笑った。
茶色い髪を四方八方――彼なりには何かしらの法則性があったのかもしれないが――にスタイリングした背丈のそう高くない、けれどリョーマとは年の開きがあるだろう彼はそしてそのまま、目の前に到着したバスに乗り込んで行った。
彼が待っていたのは人では無くてバスだったらしい、とリョーマはお言葉に甘えて彼が座っていたベンチへと腰掛けた。

南風に揺らされる桜木の下は思ったよりもひんやりとしていて気持ちがいい。

バスが吐き出して行った乗員の中に、まだ手塚の姿は無く、リョーマはそのままベンチの上でのんびりと弛緩した。
まだかなあ、と遠くに向けて目を細めていれば、その視界の中を一人の中年女性が歩いていく。先程の彼同様、何故だか彼女と目がぱちりと合った。
その瞬間に、彼女は驚いた様に目を俄に丸め、それまでの進行方向から直角に折れてリョーマの元へと近寄ってくる。

なんだろう、とリョーマは細めていた目を開いて、目の前に立った彼女を見上げた。
彼女は言う。「こんな暑い日に帽子も無く歩くと日射病になりますよ」
それがどこか叱る口調だったものだから、リョーマは訳も分からずバツの悪そうな顔で「はあ…」そう返した。
日射病は少々、言い過ぎでは無いだろうか、と彼女を見上げ乍らリョーマがつらつらと考えていれば、彼女は目の前で腕に掛けた買い物袋と思しき紙袋を何やら漁り、まだタグの付いているグレーのキャップ帽をひとつくれた。
明らかに自分へと手向けられているそれへと怖ず怖ずとリョーマは手を差出し、前に飛び出た鍔を掴めば彼女は満足そうににっこりと笑い、「気をつけるのよ」と言って去って行った。

少しの間、唐突に頂戴してしまった帽子を手にどうしたものかと考えを巡らすけれど、今更彼女の後を追って貰えません、と返すのも躊躇われた。何せ、これだけの晴天の日にこそ使うべき帽子を家に置いてきてしまって、困ったなあ、とつい先程思っていたばかりだったものだから。

ひらりと揺れるタグとキャップ帽との間にあったプラスチック製のソリッドバンドは、隣に座っていた中年男性が持っていたタバコ用の100円ライターで焼き切ってくれた。


そのまま、ベンチの上でぼうとしていれば、目の前を通っていた女子高生が未開封の汗吹きシートを丸ごとくれ、桜木の周りをきゃっきゃとはしゃぎ乍ら只管旋回しては走り回る半ズボンの幼稚園児二人組がポケットからチューインガムを2つくれ、手塚を尚待ち乍らそのガムを膨らませていれば、隣に座っていた中年男性と入れ替わりで座った老婆が缶ジュースを奢ってくれた。



度重なる希有な親切にリョーマが抵抗も無く甘え出した頃、バスで来る筈の手塚が向こう側から歩いて来た。
手には、一輪のマンダリンオレンジカラーのポピーを携えて。

手塚の手元に一瞥を与えてから、飲みかけの缶ジュース片手にまずは「遅いよ」と手塚に愚痴を投げた。リョーマのそれへと手塚は微かな笑みを浮かべた後、薄いナイロンでのみ包装された一輪をくれてやった。
きょとん、と目を丸めつつも、リョーマはそれを取り敢えず受け取る。
そして見上げれば、薄笑いを漂わせた手塚の顔があった。

「貰い物ばかりしてるお前を見ていたら何となく、な」

唐突なポピーの理由をそう手塚は言うが、

「影から見てたならさっさと来てよ」

リョーマはそう顔を顰めてベンチから立ち上がった。






















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哀悼と親切と、意味も意義もちょっと離れておりますが、献花(献物?)for越前。
どんな時も世界は越前に恋していればいい。(越前贔屓発言)

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