dangerous a phase
















他人からすれば、それは些細なことだったのかもしれない。
海の色を移す空の色を青色とするか水色とするか、そんな程度の。瑣末なこと。

それでも、空が自分は水の色では無く、『空』として純粋に青であると主張するように、当事者間にとって、それは瑣末なことでは済まなくて。

手塚の眼下にいるリョーマは酷く危なげな目で以て手塚を見上げ、リョーマの頭上にある手塚の顔からは抑揚が無い冷たい双眸がリョーマを見下ろしていた。
そこに言葉は無く。
ただどちらもが、憤った気持ちを孕みつつ、相手を見据えていた。いつもは甘く絡まる視線も、この時ばかりは熾烈に衝突し合う。


何があったか、という事の発端は、わざわざ筆舌に乗せる必要性が無い程につまらぬこと。但し、それは第三者からの観点としての話。

そこに言葉は無い。

ただ睨合うだけでは事は進展しない。怒りを身のうちに貯えたところで事が解決する筈もない。どちらかが譲歩すれば現況は通過していく。
そんなことが解らぬ程、向き合って立つ二人は感情に支配されていた。

何かはあったのだけれど、然して諄くは無いこと。

沈黙を縫い、リョーマの口から嘆息がひとつ零れ落ちる。それは決して、相手の意見に漸く折り合ってやろう、という穏やかなものでは無く、苛立ちと鬱憤とが塗れに塗れた非常に危険な調子であった。
欠片も微塵も、道を譲ってやりはしない。そんな雰囲気がリョーマ側から更に立ち籠めてくる。
色も匂いも無いそれへと、手塚は冷ややかに鼻を小さく鳴らした。

「…手でも出しかねない様子だな」
「……どこが。すごく冷静だよ、オレは」

ふん、と手塚がまた鼻を鳴らす。酷く彼を見くびった様子で。目を眇め乍ら。
見下された格好のリョーマは言葉とは裏腹に顔が青褪める程に酷く感情的な様子だった。そんな見栄を張るリョーマを、手塚は更にじとりと睨んだ。

「俺には殴るなり、犯すなりしたいとでも言いたげな顔に見えるが?」
「……」

手塚へと返事もせず、ふ、とリョーマは息を吐き出した。重たげな吐息と共にことんと顎は引き下げられ、項垂れている姿と同じものになった。それはただシルエットとしては似ていただけで、


「……ッ」

息を次の瞬間に飲んだのは、手塚だった。右肩のすぐ脇、背後にあった合板の壁には猛勢に伸びてきたリョーマの左手がある。腕が突き出された勢いとその強さとで、壁が震え、その振動は壁に身を寄りかからせていた手塚にも伝わった。
ふ、とリョーマがまた息を吐き出す。体の天辺に乗っている頭はまだ地面を向いたまま。

「…殴る?…犯す?」

ゆらりとリョーマの顔が上がり、右手も手塚の左肩脇にひたりと付けられた。
全ての動作が緩慢であったけれど、逆にそれは今のリョーマがどれ程危うい状態にあるかと物語る様で、室温が少し冷えた気がした。

「………アンタさぁ、何言い出してるか解ってる?それとも、そうして欲しいの?」
「誰が」

そんなことをわざわざ望むだろう。相手に対して、限りなく侮蔑に近い感情を抱かされているこの状況下で。
確認を取る程の事でもない。

リョーマの両腕に左右を取られつつ、手塚は眉を顰めた。

「じゃあ、口にすんなよ。そんなこと」

顳かみを引くつかせるリョーマを見下ろし乍ら、極々反射的に手塚は何故と尋ね返した。

「オレを、ただの男だって勘違いするな」
「……。腹が立っているのなら、巷の男共と同じ手段に出ればいい」

どうせお前も男だ、と続けた手塚の足近くに据えられていた小さなガラスケースを、リョーマは突然蹴飛ばした。真横にそれは薙ぎ倒され、繊細乍らも確実に粉砕してしまったらしい音が響いた。

「アンタが殴ってみれば?オレを」

貴方も所詮、男でしょう?
やけに演技かかった調子でそう言い、冷やかす様に顔を近付けてきたリョーマの頬を手塚は掌で叩き飛ばした。



















dangerous a phase
収集がつかない程の喧嘩。何があったんでしょーうーねえー(他人事ですかアナタ)
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