think like differ thing
2年というと小さな時の流れである様な気がするものだけれど、不二の観察力と社交能力を以ってすれば、手塚という人間の大きな部分を理解することは容易く。
今日の手塚がどうやら落ち着かない様子であることも、何となく察知出来た。別に、視線で追い続けていただとか、何かを彼と話した、という訳では無いのだけれど。
そわそわ、という擬音が具現の形をして彼の周りを飛び交っている様にすら不二には思えるけれど、周囲の部員達はいつもと変わらぬ様子で溌剌とグリーンのコート内を駆け回っては声をあげる。
さてどうしたものかな、と手塚に焦点を合わせたまま、近付いていいものか、将又、もう少し様子を見守るべきかと不二が考え倦ねていれば、視界の端に無邪気な部員以外の人間がいることに気が付いた。
不二と同じく、何やら考える様子でそのまだ幼い横顔は手塚が仁王立ちする方向を見定めていて。
じゃあまずはあちらから攻略することにしようか。
不二はそう考え、にっこりと満面の笑みを浮かべてリョーマへと近付いて行った。
「……不二先輩」
近付いて来た不二に、リョーマの方が先に声をかけた。何やら困り果てた様子の、彼の口から聞くには珍しい声音。
どうしたの?といつもの笑みを浮かべて彼の事情を伺ってみれば、彼は不二が近付くより前から握りしめていたらしい左拳を一瞥した後、随分と曇った顔色で不二を見上げ直した。
「…こんな季節ッスけど、怪談、聞きたくないッスか?」
「怪談?」
「……ここに、」
ひとつのリモコンスイッチがあります。
そう言って、リョーマは握り固めた左拳を不二の眼前に差出し、親指以外の指を開いた。
そこには、残された親指によって支えられた小さな長方形の機械と思しき箱があった。円いボタンがひとつだけ真ん中に嵌め込まれている水色の箱。
「何のリモコン?」
「そうッスねー………」
差し出した腕を引っ込め、掌中にある機械をまた一瞥するとリョーマは鼻でフッと小さく嗤った。
視線は掌から持ち上がって、コート2面挟んだ向こう側にいる手塚。
その目線を追って、そこに手塚がいたことを不二も思い出し、彼の目線が答えだとするならばと飽く迄仮定して「手塚のリモコン?」楽しそうにそう言った。
けれど、不二のそんな揶う調子とは裏腹に、リョーマは更に倦怠した様子と眼差しとで不二を振仰いだ。これで三度目の仰視。
「…まあ、当たらずも遠からず、っつーか…」
「越前にしては随分と遠回しな発言だね?あ、そうだ。押してみてよ。手塚がそれでどうコントロールされてるのか見てみたいな」
自分の頬につん、と指を突いて、尚も楽しそうな口調で言う不二へ、リョーマは笑いきれない目と共に、また左手を差し出した。
目線から動きから、先程より何故か繰り返される仕草が多い。
それは気にしないことにして。どうせ、日常は時間の繰り返しであることだし。
不二は差し出された手からリョーマがリモコンだと称する小箱を掴み取り、頭上に掲げて繁々と眺め回した。
「手塚のリモコン、僕が押しちゃっていいの?」
わざわざ取り上げさせてみる様に手を差し出して来たことや、掴み取っても文句を言わなかったことから察するに、そうしても構わないということなのだろうけれど。
この独占欲が強い子供がとる行動としては、中々に希有な。そう思ってつい確認してしまうけれど、彼は冷めた笑みを引かせはしていなかった。拗ねたりしている訳でも無さそうで。
顔色は、寧ろ冷ややかに呆れている感じ。
その顔色の裏に何が潜んでいるのか、彼が何も喋らないものだから解らないけれど、ボタンを押してもいいらしい。
そっと不二が円いボタンを指に添えた時、眼下の彼はゆったりと口を開いた。
「…今日の部長、なんか様子が変でしょ?」
「…そうだね。落ち着かない感じがするけど」
「それのせいッスよ」
ぴたり、と指先を不二の手中にある機械の箱に添えてリョーマは口元だけで笑みを作り、不二はそんなリョーマの表情と悪戯を暴露する底意地の悪い口調とを肉薄に感じて、一押しするだけでへこむボタンの手を緩めた。
リョーマは軌道に乗って薄笑いを強めて続きを話す。
「それを押すと、部長がオレに埋めさせたものが発動するんですよ」
「埋め………?」
なんともかんとも、イヤーな予感がした。笑みで細まっていた目を俄に開き、不二は手の中にあるプラスチック製の小箱を見下ろした。
こくん、とリョーマが首をひとつ縦に下ろして、不二が反復した言葉が聞き間違いでないことを念押ししてくる。
「押してみたら解るんじゃないスかね?」
「え、越前……まさかだけど……」
「そのまさかかもしれないッスねー。不二先輩は何だと思ってます?」
これ、と添えたままだった指を箱の上で二度三度軽く叩かれる。
「……バ、」
バイブの遠隔操作用リモコン。
不二が自らの口で正答を言った次の瞬間、弾けんばかりの笑顔で親指を立ててみせ「グッジョブ」とリョーマが言うのを聞いて、不二は絹が裂ける様な叫び声を上げて手の中のそれを地面に叩き付けた。
think like differ thing
飽く迄、乗り気なのは手塚の方。
うちの越前は恐らく、道具に突っ込ませるくらいなら自分が突っ込みたくて玩具に嫉妬する類だと思われ。
戻る