roll of thunder
「…ちょ…っ、と!」
待って!と続けざま、リョーマが声を荒げ、足をばたつかせ、腕を突っ張ったのは、チカ、と窓の外遠く稲妻が走り、小さな雷鳴がこれまた遠くで鳴った後、手塚にベッドへと倒れ込まされたのとほぼ同時。
肩へと突っ張らせた腕の先には、きょとんと目を丸めつつ見下ろしてくる手塚の顔。
今にも眉間に皺を作っていけしゃあしゃあと「何だ?」と尋ねてきかねない手塚より先に顔を顰めて、リョーマはベッドから身を起こした。
ベッドの上ではまだ不思議そうな顔をしてはリョーマを見上げている手塚だけが残っている。
焦点すら危うそうなそんな手塚を振り返って見下ろしてから、リョーマは全身から大きな溜め息を吐き出し肩を落としてみせ、その後に何やら倦み疲れた顔で、もう一度振り返った。
「…いや、あのさ、いいんだけどね。そういう積極性は。…嬉しいし。ただしー…」
後方へぱたりと再び倒れ、まだ茫洋とした顔つきの手塚を間近から見上げた。
「ただし、そういうのはちゃんとオレもそういう気分になってたら、の話ね?さっきのって、アンタのスイッチが入るタイミング、よく解んない」
「…………そうか?」
「…そうじゃない?だって、今、どこにスイッチ入る場面があったっけ?」
直前まで、日本のジンジャーエールはまるでジンジャーの味がしないねと、それを話したところでどうなるだろうという、雑談の中の雑談を話し出した頃だったのに。
話も最高潮に途中の頃、突然、隣から腕は伸び、リョーマの肩を掴むとそのまま腕の力だけでベッドに倒された。
この倒さ”れた”というところも、なかなかリョーマは解したくない部分でもあり。――まるで自分がひ弱な少女みたいに思えたものだから。
けれど、わざわざ顔色を危なくしてリョーマとしては珍しい遠回しな方法で機嫌の昇降を示しているというのに、手塚はふわふわと視線を遊ばせているばかり。
そんな手塚がぽつりと言う。
「…雷が」
光って音が鳴ったからと続け、間もなく停電するだろうと手塚は予測でしか無いことを至極確実そうに言ってのけた。
窓の外は黒い雨雲が濃く、なるほど、天井ではまだ昼下がりの時間帯だと言うのに蛍光灯がぱっちりと点っている。それが消えるだろうと、そちらを指し示し乍ら手塚は言う。
リョーマもついその指先に釣られて上を見た。手塚が示唆する様な出来事は起こりそうにも無い程、蛍光灯は点滅も何もしていない。
どれだけ謎な確信があったとしても、ただの理想論。手塚のものはそれだったけれど、別に悪いものだとリョーマは思わない。
それぐらいの積極性は、いい傾向だと思うから。
稲妻が光り、雷鳴がして、停電が起こり、部屋が暗くなる。部屋が暗くなってから電気が戻る前にするべきことはただひとつ、というその考え方は、好い、と思う。
懐中電灯を探しに行くよりも、慣れた家の廊下を辿ってブレーカーを上げにいくよりも何よりも。そちらを選ぶ、という取捨選択の方法は。
「悪くないね。……だけど、」
「だけど?」
矢庭に、倒していた体をリョーマだけが起こし、まだ一人ベッドの上で横臥している手塚の体を膝立ちで跨いだ。今度はリョーマが手塚を見下ろし、手塚がリョーマを横目で見上げる格好に。
その体勢で、リョーマは薄笑いを口の端に乗せる。
「何も言わずに押し倒してくるっていうのはちょっとフェアじゃないんじゃない?」
「……では、どうしろと?」
「そういう時は、かわいーくおねだりするものじゃない?っていうかそっちのが嬉しい…つか、楽しい?」
「そんな、青天の霹靂めいたものが欲しいのか?」
そういうキャラクターでは無いことは充分承知だろうに。
そう被せて訊いてみても、リョーマはだから楽しいんじゃないだろうかと、酷く観測的なことを答えた。
予期もしないことに対して愉悦を含み乍ら面食らうのが楽しい、という様なことを続けて言えば、
「それならば、こちらでもいいな」
腹筋を使って上肢を捻る様にして起き上がってきた手塚にまた肩を掴まれ、ベッドに押し倒され、リョーマが急な上下の逆転に意識が追い付いた時、外で一際大きく稲妻が走っては間断なく轟音が轟いた。
雨天の霹靂が外に広がる手塚の部屋に備えられていた天井の蛍光灯は音も無く唐突に停電した。
roll of thunder
手塚にのしかかられることにも順次慣れておいきなさいよという母親的な(わたしの)暖かい眼差しより。
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