turn the till-then way
机に乗せかけた手を軽く払われ、不機嫌そうに尾をぱたりとゆらす猫へと顔を近付けて行儀が悪いと叱る愛息子の声を聞きつつ、横目で南次郎はテーブルを前にリビングチェアに腰掛けるその彼の姿を盗み見た。
行儀が悪いのはどこのどいつだ、と内心で悪態を吐き乍ら。
今、テーブルの上に置かれている4、5匹の出所不明な煮干しを手土産に息子であるリョーマが帰ってきたのはつい先頃。
家の者も近所の者も目を覚まし、ゆるりと朝食を終えた頃。今年13歳になる弱冠な子供は生意気にもお行儀悪く朝帰り。
昨日の晩に、泊まってくる、という旨は電話で告げられていたものだから母親は特に何も咎めない。寧ろ、昼過ぎにでも帰ってくるのかと思っていたらしく、「早かったのね」という声すら出迎えた時にかけた。
泊まる場所は宿泊の連絡時に揃えて報告されている。倫子伝手に南次郎も聞いた。
もう何度も、この春から両手では数えきれないくらいに泊まりに行っている男の家。リョーマからは部活の先輩、兼部長だと聞いているけれど、酷くキナ臭い。少なくとも、南次郎はそう感じている。
テーブルの上に広げていた煮干しのひとつをリョーマはぽりぽりと小気味良く食べ出した。
「行儀悪ぃな」
「誰が」
「もちろん、お前が、だろうが。このバカ息子」
他に誰かいるか?とぶつくさ言いつつ、南次郎はリョーマの隣に座った。
まだ口元に煮干しを咥えたまま、大きく幼い目がふたつ、見上げ、「何が?」と南次郎が投げた問いの趣旨を面倒臭そうに尋ねてくる。
「外泊はしょっちゅうするわ、朝帰りはするわ、変なものは貰ってくるわ、」
尖った声で早口にそう言い、南次郎はつと視線を下ろした。丁度、Tシャツの襟ぐりの辺り、鎖骨の陰。
遠目にも何となく見えていたけれど、近付いてみればそれが単なる見間違いで無いことを知る。もうそろそろ消えかかっているが、周囲の肌色とまるで違う虫さされの跡に見えなくもない赤い点。
それを視線で指し示し乍ら、蚊が鳴く程度の声で「まだ早ぇんだよ」そう零した。舌打ちもおまけに付けて。
「早い、って、それ、今更じゃない?最初に手、出したの誰だったっけ?」
頭から齧りついていた煮干しの尾まで口に含み、ゆったり咀嚼する間を縫ってリョーマは淡々とした調子で南次郎へ向けて言った。過去のことをちくりと刺されて思わず南次郎は苦々しく表情を歪める。
あれは、ちょっとした若気の至りと若いが故の有り余った好奇心が仕出かしたちょっとした事故だ。近頃は、随分と御無沙汰。
南次郎としては、求められるならば応じてやらない訳では無いけれど。リョーマがもうそれを欲しなくなった。
「これ、いいでしょ」
口の中で粉々になった煮干しを飲み下して、一転笑みを頬に滑らせつつリョーマは南次郎が先程まで睨んでいた赤の一点を指で指した。
やっと付けてもらえたのだと続ける彼の顔色は酷く嬉しそうだ。
「やっと?」
「親父の時とオレの立場って逆だから、『やっと』。あの人、まだ意識手放すの早いんだもん」
慣れてないんだろうね、かわいいね、と最中の出来事でも思い出しているのか、止まらないらしい笑顔と円みのある声でリョーマはまた煮干しを頭から齧り出した。
リビングにぽりぽり、しゃくりしゃくりと猫の口以外では聞き慣れない音が少しの間、響いた。リョーマが小魚を食べている間、ひょっとして手土産に持って帰ってきたそれらは猫用に持たされたものでは無いのだろうかという考えに南次郎はふとぶつかった。
いくら背が小さいからと、小魚を土産に持たせる恋人なんてそうそういないだろうから。
好意甚だしい人間から与えられたものは誰にもやらない、という煮干しが対象程度のささやかな独占欲は、キスマークを付けて帰ってきてもまだまだ子供である証かと、南次郎は薄笑いを浮かべた。
子供でいる間は、たとえ外に恋人がいようとも、彼は自分の庇護下に居ざるを得ない。
恋人はリョーマのものでも、リョーマはまだまだ己のものなのだと思うと愉悦が沸いた。
「お前も、まだまだ子供だな」
子供はまだ親のもの、と思っているその思考が、つい先程、煮干しを執着的に食べるリョーマへ向けて思い浮かべた子供の証であるものと何ら異ならないものだと、南次郎はさっぱり気付いておらず。
「子供じゃなくて、オ ト シ ゴ ロ なの」
それがまだまだケツが青いのだと内心で反論して、表面上では質悪い笑い声をたてた。けれど、リョーマはそんな父親の揶揄する笑い声など何処吹く風とばかりに涼しい顔をして遣り過ごす。
「そんなオトシゴロのリョーマさんは中年のお相手はテニスでしかしてあげないから、まあ、そのつもりで」
手についた食べカスを叩き落とし、幾分か奇麗になった手で椅子を下げて席を立つリョーマの裾を反射的に南次郎は掴んで止めた。
真っ直ぐ部屋に帰って一眠りでもしようかと内心で企んでいただけに、急に足を止められて煩わしそうな顔でリョーマが振り返る。そこには怪訝な程、顔面に脂汗を浮かせた父親の姿があった。
その様相を、なんだか憐れだなとリョーマは感じた。振り返ったリョーマと目が合って、南次郎は呼吸困難めいて口の開閉を何度か繰り返した。
「お、お前、俺を捨てる気か!?」
情夫が養ってもらっていた女に切り捨てられる場面に、今、親子が対峙している姿は似ていた。
情夫が父で、それを囲っていた女がリョーマ、というそんな図。
大きく大きく、厭わしそうな嘆息を吐き出し乍ら、女、基いリョーマは裾をしつこく掴んだままの手を一発の平手で叩き落とした。
そのまま倦み疲れた様にのっそりとリビングのドアまで歩き、ノブに手をかけて漸く後ろを振り返る。
「やっぱ、若い方がいいじゃん?」
に、と口角を持ち上げる独特の笑みを最後に、そのままドアは静かに閉じた。
turn the till-then way
くっどいですが(ホント、この言い訳何度目かしら)、うちの越前さんはリョ塚の前はパパリョであります。性的虐待じゃないです。両者合意の和姦です。
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