Flickers wrong
















風呂から上がってきたリョーマの頭をがしがしと若干手荒く拭いてやれば、気持ち良さそうに目を瞑って成すがままにされている。
無防備なそんな彼の顔を見乍ら、手塚はふと手を止め、ふ、と小さく息を吐き出した。それにどこか呆れている様な素振りをちらりと感じ取り、リョーマは目を開いて手塚を振仰いだ。

「なに?」
「いや、別に」

あっさりとそう躱した手塚に向けて、ふぅんと小さく嘯く程度に留め、リョーマはまた前を向いて目を閉じる。そして手塚がまたリョーマの髪を拭い始めた。二人が腰を下ろしているのは手塚のベッドの上。これからただ単純な意味で寝るだけの為に、整えられた寝具の上。

手塚の指がタオル越しに頭皮を撫でていく感覚だけに支配されつつ、リョーマはまた上機嫌そうに口角を少しだけ持ち上げる。手塚が唐突に先程の秘匿したばかりのことを話し始めた。

初めから話す気だったのかどうなのか、それは手塚のみぞ知る。

「今日でお前が俺の家へ泊まりに来るのは何度目だ?」
「5回目くらいじゃない?それがどうしたの?」
「いや…別に」

手塚が顎を少し引き、視線を逸らしたことは背後に彼が座す位置に居るリョーマは気付く筈も無かったが、躱し方の口調がどこか気まずそうだったことは、かしかしと耳の近くで髪が掻き鳴らされていても充分聞こえた。
それでもリョーマは特に追及をしない。そのまま三たび口を噤んで大人しくしていた。

暫間、両者は沈黙を守り、そして手塚がまた勝手に話し始める。

「知らない面も色々あるものだな」
「まあ、遺伝子が違う人間同士なんだから仕方ないんじゃない?」

そんなもんでしょ。さらりと言い退けるリョーマに手塚は僅か瞠目した。

「俺が何を言いたいか解っての発言か?それは」

手塚の手は止まる。もう髪も随分と乾いた頃。リョーマは、すいと力を抜いて手塚の胸元へ後ろから倒れ込んだ。視線は傾いた体に沿って手塚の下顎辺りを嘗め、やや戸惑い気味な手塚の双眸へと。

「何が、かは知らないけど、部長が言ってる知らない面って、部長が知らないオレの一面ってことでしょ?」
「よく解るな、お前」
「単純に言葉の流れから汲み取っただけ。部長が何も言わなかったらわかんなかったけどね。……で?」

部長の知らないオレの一面って、なに?
思っていたより潔癖。リョーマが尋ねたことに対してそんな風なことを手塚は言った。
想定外のことを気不味そうな顔で言われて、リョーマは手塚を見上げたままきょとんと目を丸めた。長所として知らなかったことなのか、それとも短所でなのか、その判別が付き難い。
取り敢えず、リョーマは手塚を見上げ続けたまま待った。

「…お前が最初にうちへ泊まりに来た時、無理矢理犯されるかと危惧していたんだが…――」

5度目になる今夜も特に何も起こらなさそう。イコール意外と潔癖らしい。尚も据わりが悪そうに話した手塚の概略としてはこんなもの。
手塚が言う一度目の時なんて、ただ単純に恋人の家を訪問、というたったそれだけの楽しさ、冒険心に似た高揚感のみでやって来ていたのに、そんなことを思われていたというのは正直なところ、随分と失礼な話で。
しかも、選りに選って潔癖とは、他に言い換え様が無いものなのか。まるでそれではメンタルな恋以外はしない人間みたいに受け取れる。生まれた時から付いているものが何をする為のものか、知らない訳でも、嫌っている訳でも、ましてや相思相愛の恋人とのそれへの興味が無い訳でも無いのに。
どんな風に彼に見られていたのだろうと、上向いていただけの目は不愉快そうな様子を孕みつつ、眦が俄に少し吊った。

けれど、リョーマが来る度、――恐らくという前書きは抜けないが――手塚は一人ひょっとして、ひょっとして、という気持ちを抱いていた、というその推測は喜悦を誘うには存分と足りた。これも推測の域を出ないけれど、そう手塚に思わせる程、リョーマは性急な、もしくは食い付きの非常に宜しい人間として手塚の中で知られていたということなのだろうけれど。
今みたいにべったりくっ付いたり、眠りに入る前にちょっとキスをしてみたり。そういう度にきっとリョーマからは見えない彼の胸裡では嵐がさんざめいていたりしたのかと思うとちょっとどころかかなり楽しい。ストイックな顔付を手塚がしているものだからそれは助長を更に誘う。

吊り上げていた目をリョーマは元に戻して、くるりと黒目を踊らせた。

「部長は、オレとの最初は無理矢理がいいの?」

清廉ぶった顔をして、そんなことを考えているのか。
そんなニュアンスを含めて手塚へと尋ねてみれば、あろうことか、手塚は考える間断を置いてから何故か首を傾げた。

「比較対象が無い」
「嫌だって言っても絶対止めないし、オレの快楽を満たす為だけにする行為でしか無いし。精神的にも肉体的にも痛いと思うけど、それでもいいの?」
「強姦も和姦も経験が無いからな…何とも……」

何とも言いようが無いらしい。
そちらがリョーマにはやや驚きであったりして。
完全に偏見だったのだけれど、手塚は既にその手の経験は済ませているものだと思っていたものだから。自分が”そう”なものだから、つい、そう勘違いしてしまっていて。

ああ、じゃあオレが手を出したらこの人の”初めて”はオレのものなんだな。
そう思考をリンクさせたら上機嫌のグラフは際限なく右肩上がりを始める。

事後に、初めてだったんだから最後まで責任を取れ、なんて時代錯誤な台詞も吐いてくれるかもしれない。それならそれで、最後まで面倒を見てやるのも楽しそうだから別に構わない。

「する?」

手塚の胸元に倒していた頭を離し、くるりと体毎振り返らせて上目遣いに窺わせる顔色は、一突きすれば、崩れ落ちるだろう笑顔の際限とも言えるもので。
リョーマの口から発された動詞だけの言葉が示唆する意味を、既に面食らっている手塚が気付いていない筈は無い。
そんな手塚の反応にリョーマは目を細めて笑顔を見せ、それまでただ単純に寝る為の道具でしか無かったベッドを下りて天井の蛍光灯を消してから再び戻ってきた。

手塚の前で、輪郭だけを薄らと見せるリョーマがゆったりと手塚の背をシーツに沈め乍ら耳元へと囁く。

「部長が知ってたオレと、部長の知らなかったオレ、どっちがもっと知りたい?」
「…俺が、知――――、」

言葉の続きは、手塚が知っていた通りに、突然唇を塞いだリョーマの口内にだけ吸い込まれた。


















Flickers wrong
おおおお、ええと、あの、お詫び。……頂いた単語の意味が辞書を引いてもググッても解らなかったのです……。ググり途中で中国語のページばかりが引っかかったので、中→英→日で翻訳(愛機標準搭載の翻訳ソフトではその手段しか無かったのです)したらば、間違った明滅と出たのでそこから己解釈で瞬間の錯誤、的な意味で取らせて頂きました。
意味間違ってたらごめんなさい御提供者様のt様…!!!
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