帰り道
本日の部活も終了して、いつもの様に手塚は部室に残って部誌を書き記す。
今日のレギュラーの練習メニュー、レギュラー以外の部員の練習内容。
事細かに、硬筆の模範の様な流麗な文字で一文字ずつ綴って行く。
(もう、関東大会も近い。レギュラーの練習メニューも少し増やした方がいいか。明日にでも竜崎先生に相談に行くとして…)
「ねえ、部長ってさ」
手塚の思索を遮って、眼下から声がする。
見れば、手塚が部誌を毎日つけるのと同様に毎日手塚が部誌を書き終わるまで居残っているリョーマが机に片頬をぴったりとくっ付けて身を預けている。
その目が半分しか開いていない。
眠気が来ているのか。
「ありえないくらい綺麗に日本語書くよね」
「そうか?普通だと思うがな」
手塚が柔らかに微かな笑みをこぼす。
リョーマは、ここ最近、手塚がよく笑ってくれる、と思った。
特に表情が柔軟になってきたのは、ここ1週間くらいだろうか。
しかも、その表情が自分と居る時だけだということにも気が付いていたから、最近のリョーマは常に機嫌が良かった。
「いや、綺麗だよ。オレが書くとさ、」
そう言って、手塚の筆箱から鉛筆を一本取り出し、部誌の端に「越前リョーマ」と自分の名前を記す。
そうして記された文字はどこか奇妙に歪んでいて、あまり綺麗とは言えなかった。
リョーマが書いた文字を手塚は部誌を書きながら、横目で覗いた。
「こうなんだもん。日本語って角々してたり、あるとこは丸まってたり、難しくない?しかも漢字もカタカナも平仮名もあるしさ。
英語の方が得意かな」
今度は、「Ryoma Echizen」と先ほどとは打って変わって流麗過ぎるほどの達筆さを持つ筆記体でまた己の名を記す。
「確かに、お前はアルファベットの方が巧いな」
そう言って、またはにかむように笑うと手塚は部誌の最後に『文責・手塚』と記してページを閉じた。
「帰るぞ」
告げて、テニスバッグと通学鞄を持って部室を出ると、同様の格好をしたリョーマが後からついて来る。
部室の鍵を閉め、更にノブを回して確実に施錠されている事を確かめてから部室を背に歩み出す。
そして、例に漏れずその後をリョーマが追いかけた。
「なあ、越前」
もうすぐで正門前、という所で手塚がリョーマを見ずに話しかける。
正門は人が一人通れる程度しか開いておらず、殆どの生徒が帰っていることが判った。
「最近、ふとした瞬間にお前に会いたくなるんだが」
「へ? 待って、今、なんて言った?」
欠伸を噛殺していたリョーマが顔をハッとさせて手塚に詰め寄る。
「だから、最近、お前に会いたいと度々思う、と言っている。
大石にこれはどういう事かと相談したんだが…」
「そんなの、なんで大石先輩に相談する前にオレに言ってくんないの!!」
怒鳴るリョーマに少し吃驚した顔を手塚は向けた。
眼下に居る後輩は眉尻をキリキリと上げて、どうやら怒っているらしかった。
「どうして、そこでお前が怒る」
「だって、それって、返事と取ってもいいんでしょ!?」
返事?と手塚は呟きつつ、およそ2週間前のリョーマの告白を思い出す。
「会いたいなって思うのは、オレのこと好きってことじゃないの?」
「…大石にも言われたな、それは恋じゃないのか、と」
しかし、何分、こういうのは初めてでな。
そう漏らす手塚にリョーマは笑みが止まらなかった。
「ねえ、ちゃんと言ってよ、オレのこと好きだって」
上機嫌にそう話すリョーマに手塚は目元を微かに朱に染めた。
そんな手塚が堪らなく好きだとリョーマは感じて、手塚の腕にその体を摺り寄せる。
「え、越前…っ」
「ねえ、言って?好きだって。
所詮、言葉に過ぎないかもしれないけど、オレにとって大切なことなんだよ。
アンタの口からその声で聞きたいんだ。好きだって言ってくれるの」
手塚を見上げるリョーマの視線とリョーマを見下ろす手塚の視線が絡み合う。
真剣な眼差しで見詰めてくるリョーマに根負けした様に、眉間を寄せ乍ら軽く後頭を手塚は掻いた。
「一度しか言わないからな」
「なんで。また言ってよ。何度だって聞きたい、アンタからの告白なんて。毎日でもいいよ」
途端に苦い表情になる手塚にリョーマはまた笑う。
「取り敢えず、今回だけでいいから。ねえ、早く」
無邪気なリョーマに視線を向けながら、手塚は上空に向けて溜息を一息吐いた。
呆れているのか、覚悟を決めたのか。
「越前」
上に向かっていた手塚の視線がリョーマに降ってくる。
嬉々として二の句をリョーマは待つ。
ざあっと風が凪いだ。
「好きだ」
いつの間にか歩を止めていた二人の間を風が静かに通って行く。
そんな風に手塚もリョーマを髪を玩ばれ乍ら、お互いを只じっと見る。
手塚の瞳にリョーマが映り、またリョーマの瞳にも手塚が映る。
二人はお互いを見詰めあったまま、その場に立ち尽くした。
それは、ほんの数秒だったかもしれないが、何分間かもしれなかった。
お互いの沈黙は、とても長く感じた。
「…ありがとう。俺も、部長が好き」
リョーマが手塚の手を握った。
リョーマの手はまだ手塚よりも小さくて、大きな手塚の掌にすっぽりと収まった。
そんな小さな掌の体温を感じて、手塚もそっとリョーマの手を握り返す。
ふと手塚がリョーマを見ると、至福そうな表情で微笑んでいた。
どきり、と手塚の左胸が鳴った。
様な気が手塚はした。
帰り道。
フォーリンラブDE帰り道。
フォークダンスDE成子坂。
わお、文字数一緒。
なんじゃそら。なんじゃもんじゃ。
ああー、遂に告白編終わりです。
当初は1編にするつもりはなかったのに!!
その1編のトリなのに、どこか尻切れトンボ感が否めないのはご愛嬌。
ちなみに、帰宅後のリョマの様子はコチラ
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