放課後
自分の名前を上から呼ばれて、階段を降りていた手塚は足を止めた。
振り返れば、手塚と同じく帰宅しようと階段を降りる生徒の合間に乾が立っていた。
手塚が振り向いたのに気が付いて乾が小走りで階段を駆けて来る。
手塚も突っ立ったままでは階段を降りる他の生徒達の邪魔になると思い後ろの乾を気にし乍らゆっくりと一段、二段、と降りた。
丁度そこで乾は手塚へ追いついて、勇めていたスピードを緩めた。
「何か急用か?」
所属している部活では唯一見上げる存在の男だ。
いつもの様に手塚は少しだけ視線で見上げた。
視線の先の乾は苦笑するように少し眉尻を下げた。
「急用じゃないと呼び止めちゃいけなかったかな?」
「いや、何か慌てた様に見えたからな。てっきりそうなのかと」
昇降口まであと階段一つ。
その踊り場を乾を隣に置きながら手塚は曲がった。
それに乾も続く。
「まあ、急用、といえば急用だけど。はい、これ」
そう言って差し出した乾の右手には一枚の絆創膏。
それを見て手塚は不思議そうに首を傾げた。
「左手の甲、真っ赤だよ。噛み過ぎだね」
揶揄かうでもなく至っていつものままの表情で言う乾に手塚は瞠目して咄嗟に左手を右手で覆った。
今日の午前の最後の授業の時に屋上でできた鬱血痕だ。
リョーマとの情事の声を必死に抑えた時の。
「おっと、そういう怖い顔はしないで欲しいな。別に見てた訳じゃないんだよ」
「…じゃあ、どうして知っている……」
眉間にたっぷりと不機嫌そうに皺を寄せて乾を睨むと乾は軽く笑った。
厳密に言うと、少し口角を上げた。決して下卑た笑いではなく。
「越前の発情期がそろそろかな、と思ってね」
「…! お前、そんな獣みたいな言い方は…」
「実際、手塚の前じゃ小さいながらも獣でしょ?越前は」
どう?と覗き込むようにして伺ってくる乾に手塚はだんまりを決め込んで、まだ乾が差し出していた絆創膏を奪い取った。
「…借りる」
「返さなくていいよ。それにしても手塚、あまり手の甲は噛まない方がいい。癖になって後々まで跡が残るよ」
奪った絆創膏を自分の手の甲に貼付けながら乾の話し声に手塚は視線だけを上げた。
「特に左手はね。手の甲の皮膚は丈夫なものとも言えないから下手をするとプレイにまで影響するよ。君がサウスポーを辞めるというなら別だけれど」
「それこそもう癖だ。抜けようも無い」
絆創膏から出たゴミを自分のポケットに押し込んだ。
ふと自分の左手に視線を落とす。
「それに」
また上から降って来る乾の声。
「その左手はもう手塚だけのものじゃないだろう?公私共に越前のものでもある」
パブリックにはテニスで並び、そして追い抜かすという同じ道を歩む為。
プライベートには大好きな人の一部分であり、そして一部でさえも愛おしむ為。
ああ、そうだな。
手塚は何かを心得たかの様にひとつ頷いた。
この左手は自分の為にもリョーマの為にも守り抜いて行かなくてはいけないもの。
「あとね、手塚」
「ん?なんだ?」
「これからの時期寒くなって来るから屋外プレイは辞めた方がいいよ」
「おま…っ!そういう風に明から様に言うか!?」
「風邪も引くしね。もう一人の体じゃないんだろう?大事にしないと」
「乾…それは妊婦に言うセリフじゃないのか…?」
「え?手塚が産むんでしょ?」
「……は?」
「越前の子供」
「産めるかっ!バカモンが!」
「いや、卵子を提供して貰ってだね越前の精子と合わせて手塚の大腸壁に着床させれば産める。他の女性の遺伝子が混じるのは越前が嫌がるかもしれんが、そういう時は手塚家の親類の卵子なら手塚と近いだろう。手塚のお母さんの卵子が一番近いけれどさすがにそれはね。手塚がやだろう?半分自分の弟か妹を産むというのは。せめて手塚に女兄弟がいればまだ良かったんだがなあ。でも上手く手塚の大腸に着床しても大量の女性ホルモン投与によるリスクは大きいから今から覚悟しておかないと駄目だぞ。急激な女性化による男性機能の喪失もしてしまうからな。まあ、40代ぐらいになったら、でいいんじゃないかな?さすがにそれぐらいになったら越前の盛りも収まるだろ。その頃までに縫合の上手い外科医を探しておくといいよ。出産は開腹手術になるからね。判った?手塚」
嫌なくらいに真面目な顔をして顔を覗き込んで来る乾に手塚はげんなりとした様子でそれはとても緩々と首を縦に振っておいた。
放課後。
51題目:屋上の続き、というか、その日の放課後。
相変わらず、うちの乾は語るのが大好きらしいです。
おかげで調べものの為にネットの海へ船を漕ぎ出す私の身にもなって…っ
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