ギブアップエイチ
すでに日もとっぷりと暮れ、辺りには宵が充ち始めていた。
そんな中で、二人の影が揺れる。
酷くお互い焦燥した様子で。
「越前、どこに手をつけてる」
「どこって、アンタの」
この事態に堪らず手塚が口火を切るが、リョーマは意に介さず、といった風体で飄々と言葉を躱す。
触れられたくないソコに手を伸ばされて、手塚は拳を握る力を込める。
「そこは…やめろ」
懇願めいて弱々しくリョーマに告げてみるが、やはり彼は手塚の言葉を聞く耳は持ち合わせていなかった。
寧ろ、ギリ、と眦の力を強める。
「なんで。いいじゃん。オレ、ここがアンタの中で一番好きなんだけど」
「今は…駄目だ。…………よせと、言って…っあ!」
どうにも止められない衝動を押さえきれなくて、リョーマはソレを掴んだ。
堪らず、手塚から短く声が上がる。
その声に自身で羞恥を覚えたのか、手塚は口元を片手で覆って瞑目した。
「へぇ、アンタでもやっぱり恥ずかしいんだ。いいじゃない、偶には素直になってみたら?
アンタもここがイイんでしょ?」
握ったまま、ソレを顎で指し示すと手塚が薄く目を開いた。
何かを乞う様な瞳。
けれど、今リョーマにその望みを叶えてやることは不可能そうだった。リョーマもリョーマで未だ満たされていない。
今ここで、手塚に許してしまう訳にはいかない。
「何とか言ったら?素直に声に出した方が身の為だよ」
「そんなこと……っ…!…………できるか」
何かを必死に耐えるように手塚の眉根が寄って眉間に大きな皺を作る。
そんな手塚にリョーマは愉悦気味に目を細めた。
「でも、アンタももう限界でしょ?もっと縋ってみなよ。そうすれば考えてあげないこともないよ?」
握ったままのソレにリョーマが唇を近付けると、手塚の体がピクリと跳ねた。
しかし、それにすらも羞恥を覚えて、躯を鎮めるべく自らの肩を抱く。迫り上がって来るものを抑え込もうとするその貌は苦痛の色さえ帯び始める。
「ほら、どうなの?欲しいんでしょ?なら、言ってみなよ、その口で」
ねえ、と再度促してみるが、手塚は瞳の色を強くするだけだ。
リョーマが欲しいものは沈黙ではない。
理性を取り去った手塚の生の言葉だ。
いつもは厳格で剛く、甘えを許さない人。
そんな手塚でもどうしても抑えられないものもある。
色んな彼の一面を見て来たリョーマだからこそ、最後のその箍を外してみたくなる。
――欲に狂って堕ちた手塚を見てみたい。
ただ、それだけの為にリョーマは手塚を焦らせて惑わせて。
当のリョーマだって早く貪りたい。しかし、これは賭けだ。
喰らってしまうか、喰らわれてしまうか。
「アンタもよく我慢が続くね。そんなにオレに食べられたいの?」
もう一度唇を擦り寄らせると、邪念を立ち切ろうとでもいうかの様に手塚が先程よりも深く目蓋を下ろす。
「それとも、こんなのどうでもいいって訳?」
「………」
「…ああ、そう、どうでもいいんだ。じゃあ、美味しく頂かせてもらうよ」
言様、動いたリョーマの元で肉が引き裂かれて行く微かな音がする。
それに悲鳴をあげそうになるのを手塚は必死に押し殺してやり過ごす。
けれど、鳴り止まぬその音に遂に我慢の糸が切れた。
「お前は!どれだけ食べたら気が済むんだ!」
「オレまだお腹空いてるんだもん。それに、フライドチキンはやっぱり腿のとこでしょ?」
「だからって人の分にまで手を付けるな。お前の分は全部食べただろうが」
リョーマの一方の手にはリョーマの分として買い与えられたチキンが入っていた箱が入った袋が握られている。
それを大業に振ってみせると既に中身は骨だけとなっていたそれは大きくゆらゆらと揺れた。
そして、もう一方には手塚の持つ箱―つまりは手塚の分だ―からくすねたチキンの骨が握られている。
まだ食べかけで、若干骨に肉が纏わりついている。
「だって、アンタってば全然食べないから要らないと思うじゃない」
「歩き乍ら食べる奴がいるか。もうじき家に着くんだからそれまで待てないのか」
「そんな事言うなら、『それは俺が食べたいからお前は食べるな』の一言でも言えばいいじゃん。どうしてそんな変なとこで恥ずかしがるの」
「そんな卑しい真似ができるか!」
「欲しいもん欲しがることのどこが恥ずかしいっていうの!しかも、あれでしょ、部長。部長ってば腿の方が好きでしょ?オレが腿肉掴んだ瞬間に声あげたし」
「………」
「『腿だけは食うな』って意味でしょ?そこだけはヤメロって」
「………」
「お腹が猛烈に空いてる時に自分の好きなもの食べるのって幸せだもんねー。あー美味しかった。もう一本食べていい?」
「……駄目だ。俺が食べる」
「さっきもそれぐらい素直に言えばオレだって食べなかったのに。ゴージョーなんだから」
自分の手の中の箱を死守するように手塚は箱を握る手の力を更に込め、リョーマはまだ残っていたチキンを齧り出して家までの歩を進める。
姿を現し始めた月がそんな食欲に駆られた二人の頭上に輝いていた。
ギブアップエイチ。
give-up,H。Hはハングリーの頭文字です。
え、と。
意味伝わっておりますでしょうか…自分の語彙の無さをこの時程憎らしく思った事はないです。にゃろう。
つまりは、『食欲が』激しい二人、ということなんですが…。
ああ、でもここで状況説明するのはあまりに自分の恥を曝け出す好意なわけでして(しどろもどろ)
さっぱり意味がわからんかった、って方はこちらの説明をクリックでお願いします。
前半で、あ、こいつらヤってる最中か?と思わせたかったんですがー。成功しているんだか失敗しているんだか…。
こちらは7878hitを踏んで下さった冢倉さんから頂いた『激しいリョ塚』というリクより。
冢倉さん、ありがとうございました!
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