嵐之バスルーム
静かな浴室の天井から一粒、雫が落ちる。
湯が並々と張られた浴槽に特有の水音と波紋を作る。
一度、広がった波紋は湯槽の縁まで辿り着いて微弱に返ってからたち消える。
そんな様をぼんやりと湯に浸かりながら手塚は見遣った。
かれこれ半時間も浸かったままであるせいか、じんわりと肌には汗をかく。
細かな髪が肌に纏わりついてくる。
それを不快だと感じるよりも手塚の脳内を埋め尽くす今日の出来事。
今日は、部長である越前リョーマと外出をして。
ただ街中をぶらぶらと歩いて。
手を手を繋がれて。
見上げた先の口唇で、
好きだと言われて。
先程から何回もリフレインを繰り返すその情景がまた脳裏をかける。
いつもより真摯なあの眸。
凝ッと見られて、端正なのだな、と今更に気が付かされた貌。
そして、自分の中を駆け巡ったあり得ない早さの鼓動の音。
あの音はなんだったのだろうか。
どきどき、というよりは、どくどくと非道く生々しい音で。
初恋の時だってこんな音はしなかった。あの頃は幼い―今だとて幼い、の部類なのだが―せいもあったのか、とくん、という様な微弱なものでしかなく。
「好き、か…」
今一度、リョーマの顔と声を思い出す。
あの人はこんな自分のどこを好きになったのか。
愛想もない。
表情も堅い。
社交性なんて欠片もない。
目つきは悪い。
寡黙もいいところだ。
もし、自分が自分みたいな人が傍に居たとして、好きになるだろうか?
なり難い。
普通は、もっと朗らかで綺麗な子を好きになるのではないか?
それとも、こういうタイプが好みなんだろうか…。
「変わってる人だな…」
呟いたか細い声すら浴室には反響する。
自分が発し、そして谺して返ってきた言葉を聞き乍ら、手塚は湯に頭の先までを浸けた。
問題は惚れられた原因、ではなく、これから。
どう、返していくか。
結末として、受け止めるのか拒絶するのか。
正直、判らない。
判らないが、いつか結末が来るのだろう。
(なるようになる、というやつか…?)
目の前には、奇妙に屈折した湯槽の壁。
静かな浴室の天井から一粒、雫が落ちる。
湯が並々と張られた浴槽に特有の水音と波紋を作る。
一度、広がった波紋は湯槽の縁まで辿り着いて微弱に返ってからたち消える。
そんな様をぼんやりと湯に潜りながらリョーマは見上げていた。
肺の空気を押し出せば、ごぼごぼという濁った音と銀色にゆらめく泡。
水面が揺れる気配がする。
眸はそれらを捉え、脳は今日一日の出来事をもう何度目になるか判らないぐらいに繰り返し続ける。
今日は、手塚国光と初めて二人で外へ出かけ。
何をするとも無しに街を彷徨って。
アイツがなんで自分を呼んだのか、と凄い今更に聞いて来るものだから、そのヒントとでも言うべくに手を握って。
それでも判ってくれないから、遂には言葉にするしかなくて。
好きだ、と言葉にしてみて。
改めて、恥ずかしくなった。
(ありえない。何であれごときで…)
もう一度空気を吐き出す。
溜息なのか、ただの呼気なのか。
自分がそう告げた後の相手の表情。
驚いた様な戸惑った様な。
しかし、そこには予想したような侮蔑の表情が無かったことに少し安堵した。
同性だから、と拒否をする様な人間でなかったことに。
とりあえず、第一関門はクリア。
問題は、これから。
どう落として行くか、手に入れるか、そして継続させていくか。
(ここから、何だよね。問題はさ…)
ごぼり、とまた息を吐き出した瞬間、空気の隙間から自分を取り囲む液体が侵入してきて、思わず水面へ顔を出して咳き込む。
気管に入りそうになったのをなんとか咳で追い出して、大きく息を吸い込む。
「…正直、どうやっていくかな」
頭に靄がかかったかの様に、何も方向性が見えて来ない。
それもその筈。
「おい、リョーマ!さすがに3時間は長くないか!?のぼせるぞ!?」
ドアを隔てた向こうから聞き慣れた父親の声。
それを最後にリョーマの意識は飛んで、一際大きく水音と飛沫を立てて湯船に沈んだ。
浴室のドアが実父によりけたたましく開かれた音はもう聞こえてはいなかった。
嵐之バスルーム。
stormy in the bathroom.
オオザキを本気で良く知る方ならタイトルの出所が勘が働くかと。
好きな曲の一つなんです。や、それはバスルームじゃないですけど!
8833で町田さんよりリク頂いた品でございます。
「甘酸」の続き、という事でしたので、あの日のその晩、という感じで。
現段階ではどっちからも仕掛ける計画がなされないという、何とも無計画カップルの予感がはんなり漂う結末となりました。
これから、どう進んで行くんだかなあ。(え。書いてるのアナタです、よ!?)
奴らに負けないくらいに私も無計画っぽいです。はい。
いい加減にしろとの批難の声が天から聞こえてきますヨー
8833hitありがとうございました!
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