Useful nothing.
「…できないことはない、な」
額から流れる汗を拭いつつ、リョーマの隣に腰を下ろして手塚はミニゲーム終わりに開口一番、そう言った。
そんな手塚を、リョーマは酷く険悪な形相でぎろりと睨み上げた。
リョーマも手塚同様、否、手塚以上に汗にまみれていた。
「できねえよ!」
「どうしてだ。一応、ゲームは終わっただろうが。ただ、いつにもなく、俺の完勝だっただけでな」
ゲームの結果は6ー0。ポイントこそ取れども、ゲームカウントまではどうしても奪えなかった。
原因は、勿論、背中の羽のせい。
背から大きく生えた羽、それが無い時の癖で得意の一本足での移動をしてみれば見事にバランスが崩れる。羽が船舶で言うところのマストの役割をしてしまって、どうも動き難かった。
そして、羽が生えた分だけの重量がまた難解だった。羽なのだから、軽いのだろうとリョーマは思うもそれは間違いで。
羽の大きさが可愛いレベルではなかったのだ。一翼がリョーマが両手を広げるよりも大きく、意外にずしりと重い。じわじわと増えていく体重ならば慣性もあるけれど、一時にして格段に増えた重みに如何せん対応が追い付かない。
そして、何よりも、
「これ、飛べないし…」
翼は意のままに羽ばたかせても、1ミリとして上空には浮かなかったのだ。
「飛べたら絶対勝てた…!今日の勝負」
「ああ…うん……いや…無理だな」
言葉を濁し、眼を反らし乍らも結局手塚はリョーマの発言をやんわりと否定した。
世代交代はまだまださせるつもりは無い。
そしてそれを狙うリョーマからは更に睨まれたけれど。
流れる汗もそのままに、はあ、と憂鬱そうな顔でリョーマは頭上に伸び渡る青空を見上げた。夏空に移り変わろうとする青い空ではのんびりと雲がたなびく。
「飛べない羽って…どうしたらいいの」
「なんだ、飛びたかったのか?」
「…ああ、うん、もののついでだし」
視線を下ろし、今度は大地をまた物憂気に眺める。翼も心持ち、悄気たように力無く小さくはためいた。
その様は宛ら、雲の上からうっかり足を滑らせて、地上に墜落してしまった天使の様で。どうやったら、また天上の世界に戻れるのか、と懊悩としている姿にも手塚には映った。
「羽の分だけ、身体ちょっと重いし」
「確かに、まあ、これは重いだろうな…」
白い羽毛に覆われつつも、中には確りとした骨格が走っている。そしてその大きさは洪大すぎる程に洪大で。
部屋を出る前に掴んだ限り、その感触が手塚にはあったし、引っ張った時に痛覚が働いたところから神経も走っているようだから、それは確かなのだろう。
本当に、普通の人間の身体に、羽が生えただけの状態。前代未聞だけれど。
尚も、落胆したまま大地を見詰めるリョーマに、手にしていたタオルを頭から掛けてやって、リョーマの代わりに手塚は上空を見上げた。
「…しかし、いきなり生えるとはまた奇天烈なこともあるものだな」
「…。その発言ってさ、徐々に生えてくるなら別におかしな事でもない、みたいに聞こえるんですケド?」
頭からタオルを被ったまま、大地を見詰めていた視線から横目で手塚を窺う。まだその眸に険は残ったまま。
そんなに睨まずとも、ちゃんと心配はしてやっているつもりなのだけれど。
「まあ、そうともとれるかな」
「いいけどね、別に。………あー、オレ、なんで羽なんか生えてるんだろう」
掛けられていたタオルを頭から引き剥がし、独白を漏らしつつ、やっとリョーマは全身から吹き出る汗を拭った。
がしがしと、どこか苛立たし気にすら見える素振りで汗を拭くリョーマの発言を隣で聞き、突いていた頬杖を手塚は俄に解いた。
「…それだ」
「んー?」
ピンと張り詰めた手塚の声音に、曖昧に相槌を返し乍ら、リョーマは汗を拭う手をふと止めた。そのまま手塚へと視線を向ければ、こちらに人差し指を向けている姿が映った。
「どうして羽が生えてくるんだ」
「さあー。って言うか、その発言ってすごい今更じゃない?」
羽が生えた瞬間に産まれるべき疑問だった様な気もする。
その疑問が、羽が生えてから間もなく1時間が経とうとしている今になって出て来た事実に苦く笑う。思えば、リョーマ自身も今やっとその疑問が沸いた。
さも観察でもするかの様に、手塚は不躾な程にリョーマをじろじろと眺めた。頭の先から、座して伸ばした爪先まで。
一通り眺め終わってから、一拍置いて、手塚は口を開いた。
「…何か、変なもので拾って食べたか?」
「オレってアンタの中でどういう人間なのかよくわかったよ…」
真面目な顔で真摯な口調でゆっくりと問われて、リョーマは幾許か大袈裟に肩を竦めてみせた。
昔の隣人がよくこうやってオーバーリアクションをしていた気がする。生粋のアメリカ人だったのだし、癖だったのだろう。
「拾い食いする程、意地汚くないよ」
「…誰かから変なものを貰って食べなかったか?」
「桃先輩じゃないんだからさあ、そんなにがっついて色々食べな……――あ」
不意に、とある事が脳裏を過って言葉を途中で止めるリョーマに手塚は何事かと、小さく首を傾げた。
「そういえば、昨日の部活終わりに……」
「…矢張り、何か変なものを食べたのか」
どこで拾って食べたんだ、と刺々しく手塚に言われて、そうじゃないよ、と憮然とリョーマは返す。
生憎と道端に落ちているものを拾って食べる程、不衛生さには慣れていない。手塚でも落ちていたなら、それこそ嬉々として食させて頂くけれど。
「そうじゃなくて…」
どこか引き攣った笑いを浮かべつつ、
「不二先輩から、」
珍しく貰い物をした、とリョーマは続けた。
To be continued。
果たして不二きゅんはキーマンになるのかどうなのか。
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