Gradually it keeps being divulged.
















恐縮しきった手で、手塚は携帯電話を耳に寄せる。神社から越前邸へと続く石階段をリョーマと隣り合って下り乍ら。

「ええ…はい…すいません、父さん達には帰ったらまた俺の方から謝りますので…ええ、はい…はい…………わかりました。勝手をしてすいません」

家族での外出の突然のキャンセルを報告し終わったらしく、電源を切るのだろう、とリョーマが手塚を振仰げば、こちらに向かって無言で手が差し出されていた。その上にはちょこんと鎮座する手塚の携帯電話。

「母が、越前に代われと」
「彩菜さんが?なんだろ……もしもし、彩菜さん?リョーマです」

もしかして怒られるのだろうか、というヒヤヒヤした感覚も僅かに胸に抱きつつ、応答を発信してみれば、リョーマの予想とは打って変わった、実に明るく華やかな声が向こう側から響いてくる。

「もしもし?越前くん?うちの国光がごめんなさいね」
「や…引き止めたのはオレの方ッスから」
「ご迷惑もかけるかもしれないけど、よろしくお願いします」
「部長が…、迷惑…?」

ちらりと隣の手塚を盗み見て、思わずリョーマは小さく吹き出した。そんなリョーマを手塚は怪訝そうに見下ろしてくる。

この人にかけられる迷惑なら、寧ろ両手を広げて熱烈に歓迎したいところ。
普段から、わがままや迷惑とはどうしても彼の性分から縁遠いものだから。

こみあげる笑いの余韻を口端に残したまま、リョーマはくい、と緩やかに上を向いた。

「了ー解ーっ」

じゃあね、またね、と、どう聞いても友達に話す口調で、別れの挨拶を告げて通話を終了し、手塚に笑顔で電話を返せば、

「だからどうしてお前はうちの母親と親し気なんだ」

と、酷く不機嫌そうな顔で電話を受け取った。
返却した携帯電話が手塚のボトムスのポケットに仕舞われるのを見乍ら、リョーマは上機嫌そうに頭の後ろで腕を組む。

「彩菜さんだけじゃなくって、国晴さんとも仲良しだけど?勿論、国一さんともね」

オレってば抜け目の無い男なんスよ、と戯しい答えが、上がり調子で跳ね返って来た。
身近な世界の構造の不可思議さに、ふと手塚は頭を悩ませるのだった。









邸宅に間もなくして到着し、扉を開けて中へと潜れば、ばったりとリョーマの母親とかちあった。
丁度、彼女はリョーマの部屋がある2階から下りて来たところだった。

「ただいま」
「まあ、リョーマ、服くらい着なさい。だらしないわね……………あら?リョーマ、背中のそれは?どうしたの?」

倫子のその言葉に、当人ではなく、後に続いて扉を潜った手塚の方がどきりとした。
この家から出て、裏のコートに行く時は幸いにも家人とは誰とも会いはしなかったというのに。
タイミングが悪い…――。思わず、手塚は顔を顰めた。

スリッパの音を響かせて、パーケットで靴を脱ぐリョーマへと倫子は近寄り、ゆるりと腕を伸ばしてリョーマの背に生え揃う翼に触れた。
触れられている側のリョーマは随分とけろりとしたものだ。

先程まで、あんなにその翼に対して狼狽の色を見せていたというのに。

「本物…なの?」

撫でたり柔らかく握ったりを続けながら、時として小さく動く翼に向かってぼんやりと呟く倫子に尚もリョーマは平然とした顔色のまま。

「うん。なんか急に生えてきた」
「急に?」
「うん。ね?部長?」
「え?あ…ああ…」

矛先を突然に向けられて、困惑気味に曖昧な相槌が手塚の口からするりと滑り落ちた。

実の息子の異変に、倫子が取り乱すのではないかと、手塚は不意に、再度焦燥に駆られた。
リョーマの背から羽が飛び出した時の焦燥感は、今のようなものではなく、実生活に影響がないのか、というものだったから、種類は全く違うものだけれど。
しかしこの時は、あの時の様なものよりもずっと肉薄したもの。第三者を得て、漸く、事の本当の奇妙さを知らされた。

二人からの言葉を受けて、羽をじっとりと眺める倫子の不安そうな顔色が更にそれを助長させた。

堪らず、手塚は身を乗り出した。。

「あ…あの、お母さん…これは…その」
「これじゃ、服が着られなくて当然ね。シャツの背中でもちょっと切ってみる?」

羽が丁度飛び出る感じで、と観察を続けつつ、嘘でもいいから言い訳を何か言い募ろうとした手塚の言葉を遮って、倫子は言葉を続けた。
手塚の中の時間が、はた、と、止まる。

「家の中なら裸でもまだいいけど、外にそのままで行くわけにはいかないでしょう?」
「え…あの……お母さん?」
「あら、手塚君。いらっしゃい。今日は?お泊まりかしら?」
「え、ええ…すいません、お世話になります」

いいのよいいのよ、とかんらからと倫子は笑い声をたてた。

「そういうことなら、準備もしないとね。寝るところはいつも通りにリョーマの部屋でいいわよね?」
「え…あ、はあ…」

何とも有耶無耶な返事だと、手塚も我が事乍ら思う。
けれど、実子に羽が生えているというこの事態に大して動じていない彼女の反応に、手塚はどうしても戸惑いを覚えた。
手塚自身も、つい先刻、ほんの数分前までは似たり寄ったりだった癖に、こういう時は自分の態度をも棚に上げていた。

人間、どうしても、客観的な事となると、冷静さを覚えるらしい。

それじゃ、どうぞごゆっくり、と手塚に会釈をして倫子はその場から結局辞した。

「…越前」
「なに?部長」

靴を完全に脱ぎさって、玄関を上がりきったところで、リョーマは手塚の声に振り返る。
屋内という空気の流れが緩やかな其所で、リョーマが振り返った分だけ、翼が大きく空気を動かした。

ごくり、と何かを飲み込んで、手塚は戦慄をやっと覚えた身体での第一声を放った。

「はやく、なんとかしよう」

それでも、手塚に縋った不安感など一挙に吹き飛ばしていたリョーマは果なと首を傾げるのだった。
















To be continued。

ある意味、すれ違い続けておりますな。このお二人さん。
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