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湯上がりだけではない身体の火照りを携えながら、風呂上がりを装ってリョーマと手塚へ二階の部屋へと転がり込んだ。
そして、本日二度目になる睦言を始め、お互い精も根も尽き果てて眠りに落ちた。まだ月は高い時刻の事。
次に手塚が目を覚ました頃には、朝靄が窓の外に立ち込めていた。身体ばかりは昨夜のせいで疲れているというのに、習慣というものは手厳しい。

ゆっくりと手塚が目蓋を持ち上げ、五感も覚醒させれば、頬にふわりと触れる柔らかい感触。覚えがあるような、無いような。触れているそちら側へと目線を移して、

「…忘れていたな」

手塚は、うんざり、と明ら様に顔を顰めた。
手塚の頬に触れるもの。それは、自分に寄り添う形で懐に潜り込んでいるリョーマの背から生えた、翼。
すうすうと立てるリョーマの寝息と同じテンポで上下しては、手塚の頬にふわりふわりと触れた。

昨日、唐突に生えてきた、リョーマの翼。原因は未だ不明。リョーマの身にはこれと言った副作用のようなものはない。いつもの越前リョーマにどこかの宗教画に出て来る大天使が生やしているような翼がプラスされたのみ。

いつもの癖で、リョーマはうつ伏せで眠っているものだから、ブランケットが腰元に落ちている。全裸のまま眠っているというのに、寒くはないのだろうかと、晩春の暖かな朝日の中で手塚はふと考えてみたりした。

「越前。…越前。おい、起きろ」
「うー………あと4時間」
「許容できるのは精々5分が関の山だな…」
「5時間も寝らんなー…い」
「5分だ5分。5時間じゃない。………4時間要求しておいて5時間は駄目なのか?」

1時間しか変わらないそこに、どういうボーダーラインがあるのか、手塚には判じ兼ねる。
リョーマさんは寝惚けているんです。寝言を真に受けないで下さい、手塚部長。

半分、夢の中の住人相手に首を傾げ続け、手塚がリョーマを起床させることに成功したのはそれから15分後のこと。
目を覚ました当のリョーマも、手塚同様に自分の背中の存在をけろりと忘れていて、身を起こした瞬間に翼の重量で後ろの派手に倒れ、ベッドからごとんと落ちた。
床の上で仰向けに大の字になりながら、リョーマはあまり呂律の回らない口で一言。

「……忘れてた」
ベッドの上からそんなリョーマを覗き込みながら、張本人の癖に、と手塚は肩を竦めた。自分だって最短距離の傍観者の癖に。









身支度をして、階下へと下りれば、リョーマの早起きに倫子は目を丸められながら、「やっぱり手塚君よねえ」と賞賛の言葉なのだか、よくわからない挨拶をされた。そのまま、揃って朝食を頂く。和食ばかりの自分の家とは違う、パンやスクランブルエッグが出て来るリョーマの家の朝食は、偶の洋食を食べる機会として、手塚には興味深い。朝からトーストを食べることなんて、家ではまず有り得ない。

そうしてもりもりと朝食をリョーマと手塚と並んで食べていれば、不意にインターホンが鳴った。
まだ、時刻は来客が来るような午前も暮れた頃ではない。不躾とも言える時間の訪問客が誰なのかと訝しがりながらも、倫子はスリッパの音をぱたぱたとさせて玄関へと向かった。
そして間も置かず、

「リョーマ、お友達よー」

倫子がとんぼ返りにリビングへとやって来乍ら、愛息子へとそう告げた。トーストに齧じり付いたまま、リョーマははてなと目を丸める。

「誰?」
「さあ、母さん知らないわ。こう、四角い眼鏡かけた子と、にこにこした子と、髪の毛が外向いた子と、坊主頭に触覚生えた子と――――」
「いい…いいよ、母さん、大体解ったから…」

皆迄言われなくとも、誰なのか、想像に容易い説明をどうもありがとう。
食べかけのトーストを皿に戻して、起床してそう時間も経っていないというのに疲れた顔をさせてリョーマは席を立った。その後を倣う様にして、手塚も腰を上げる。



リビングの扉を開けば、どっと笑いが沸いた。

「ホントだ!おちびってば天使になってるー!!」

一番に玄関先から飛んでくるのは、菊丸のはしゃいだ声。因に、笑い声が一番大きかったのも菊丸のものだった。

「お前等…揃いも揃ってこんな時間からよくもまあ…」
「…朝っぱらから、何事ッスか、先輩方」

揃って呆れた顔を並べて、リョーマと手塚は菊丸達の元へと歩み寄った。
倫子の説明通りに、乾と、不二と、菊丸と、大石。それから桃城と海堂の二人組まで後ろに控えている。

「…一人、足りないッスね」
「タカさんは開店の支度のお手伝いで欠席だよ」

リョーマのふとした疑問には、不二が笑顔で答えた。そんな、寿司屋が開店準備をしている時間にレギュラーの面々が揃い踏みの様子に手塚もリョーマも渋い顔。

「早起きな事は結構だが―――」
「アレー?どうして、越前の家に手塚がいるのかなア?」

わざわざひやかしに来たのか、と小言を垂れようとしていた手塚へと、不二が空々しく、非常に空々しく、首を傾げてみせる。

「しかも、こんな朝早くから。まさか、こんな時間から遊びに来てた―――」
「……っ」
「……って訳じゃあ、ないよねえ?」
「不二、不二、ワルイカオしてる」
「あれ?そう?別に他意はないんだけどね。あ、手塚」
「なんだ…」
「首のとこ―――」

すうっと、不二が手塚を指差せば、手塚が顔を瞬時に赤くして、右側の首筋を素早く片手で押さえた。
その手塚の動作に、くつくつと不二は揶揄めいて笑いを零した。

「へえー、昨日、越前に吸われたのはそこ?」
「………不二っ!」

誘導尋問はお手の物な不二に、手塚からの焦った檄が飛ぶ。厳しい手塚の口調をものともせずに、不二は忍び笑いを漏らすけれど。
言葉の後を、告げずに、酸欠の魚の様にただぱくぱくとするのみの手塚の隣で、リョーマは呆れる。休み明けにはいつも同じ応酬が行われているのに、この人は一体いつになったら引っ掛からなくなるのだろうか。

「まあまあ、不二も、それくらいにして」

不意に、手塚と不二との間に大石が割って入る。
手塚も、大石の顔を見て、少しだけ平静を取り戻した。取り敢えず、開閉を繰り返していた口を閉じた。

「越前、身体は本当に大丈夫なんだな?」

心配性な彼の性分がふんだんに表に出たセリフ。それを向けられて、リョーマはひとつ頷く。

「背中が重い以外は特に異常は無いッス」
「そうか。都大会前の大事な体だからな。無事で何よりだ」
「大石先輩…別に、オレ、部長の子供身籠ったわけじゃないんで…」

その発言はおかしいだろう、とリョーマは大石を見上げるけれど、彼としては至って普通な発言であったらしく、子供?と逆に尋ねられてしまった。
そんな不思議そうな顔をする大石の隣で、会話を聞いていた菊丸がぎょっと目を丸めて仰け反った。

「えっ!?俺、てっきり手塚が受けだと思ってた!!」
「英二、合ってる。合ってるよ、それは。ただ、ちょっとだけ、大石が天然ぶちかましただけだから」
「なーにーぃ?もうっ大石、まぎらわしいこと言わないでよっ!混乱しちゃったじゃん!」
「す、すまん、英二」
「大石も、謝らなくていいから。ただちょっとだけ、自分の天然さに気付いた方がいいかもしれないけどね」
「…で?」

放っておくと、どうも話が進まないどころか、逸れ続ける一途を辿る。堅い顔で腕を組んだ手塚が、結局のところ、この集合についてを手塚が一言で質せば、乾が待ってましたとばかりに一歩、前に出た。

「越前のその格好じゃ、表に出られないだろう?」
「羽生えてるし」
菊丸。
「上半身裸だし」
不二。
「何をどうしたって人目引くってもんじゃないッスか」
桃城。
そして発言権は戻って乾。

「表に出られないんじゃ、今日の練習、来られないだろう?」
「そうッスね、学校までも距離ありますし」
「都大会前のこの時期に、練習に参加できないようじゃ困るからね。それで、わざわざ俺達の方から出向いてきたってわけさ」

ああなるほど、と手塚もそこで漸く納得した。最初の問いかけから、颯々とそうやって答えていれば、かいてしまった恥をかかなくて済んだというのに。少しだけ、恨めしい。
いつも、不二と相俟って揶揄い組に乾が属していることを手塚はそろそろ学習した方が良い。その報復は時として、乾は被っているけれど。

「わざわざ、すいませんね、先輩方」
「なあに。越前が気にすることじゃないよ。練習以外にも、用事があったからね」
「え?他にもなんかあったっけ?俺、今日の練習はおちびん家でするから、って聞いただけなんだけど?」

菊丸が乾との間に挟んだ不二の肩越しからそう問いかけてくる。乾は、その答えに勿体付けるように、スクエアグラスのブリッジを指で押し上げた。
開かれたままの玄関の向こうからの朝日のせいで、いつもの逆光が再現されている。

昇りたての日光を背負ったまま、乾は誇らし気にやっと口を開いた。

「越前の羽の正体、見破ったり」

と。

















To be continued。

乾、ノリノリです
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