The answering which he has
両手で事足りる数だけれど、此処にこれだけの人数が集まるのを、リョーマは初めて見た。
越前邸裏手に在る、テニスコート。
其所で始まる、本日の部活動。
境内には1面しかコートが無いが、参加人数は8人。乾の提案で、コートを縦に二つに割った半面シングルスが行われた。
今、コート内に立っているのは、菊丸とリョーマ、不二と大石の4人。その2ゲームの審判としてネットの左右に海堂と桃城、という配置。
そして、ゲームを見守る振りをし乍ら、コートの傍らでは乾と手塚が密談を交わしていた。議題は、リョーマの翼の真相について。
「サトウだよ」
始めに、乾はそう切り出した。
「サトウ?」
「砂糖。シュガーだよ」
「…おい」
「なにか?」
「越前の羽についてではなかったのか?」
お前が打ち明けようとしたことは。
手塚が眉を顰めながら、そう言う目の前では、菊丸の軽快な動きに振り回されて与えられた半面のコートを駆け回るリョーマの姿。
生えてから1日経ったというのに、まだバランスを上手に取れないでいるらしい。それに加えて、前後左右、巧みにボールを飛ばされるものだから、リョーマはゲームが始まってまだ10分少々だというのに、菊丸に1ゲーム取られている。ぎりぎりまで食い付いてはいた辺りは流石、不屈の負けず嫌いだと言っていいだろう。
その特等の負けず嫌いを身に宿す少年の背から生える、白く、大きな翼。それの正体が解ったのだと乾はコートへ来る前、邸宅の玄関で言い放ったのだ。
だから、手塚はそれが何なのかと問うてみただけなのだが、
「だから、砂糖だって言っているだろう?」
乾は心外そうな顔で同じ単語を言い退けた。
手塚の眉間に刻まれた皺がより一層険しくなる。それを見て、何故か、乾も同じ様に眉を顰めた。
「砂糖なんだよ。あの白いのは」
「いや、あれは……羽だろう?羽毛だ」
「砂糖なんだってば」
羽だ砂糖だの、鼬ごっこ。暫く、乾と手塚はその問答を繰り返した。
目の前で、またリョーマは菊丸にポイントを奪われていた。
何回目かの問答の後、乾はやっと、リョーマがコート内を駆け回る度にふわふわと揺れる羽を砂糖と言い募るかの理由を手塚に明かした。
「昨日、持ち帰った越前の羽があっただろう?あれをね、昨日分析してみたんだ」
「……そうしたら、砂糖、という結果か?」
「…せっかちだなあ。折角、どうやって分析したかを解説してあげようかと思ったのに」
「結論だけでいい。ただでさえ、意味がわからんというのに」
俄には信じ難い事が昨日のうちに起こり、そして今日には、あれは砂糖だと言われ、正直なところ、手塚の脳回路は何を考えればいいのか、解らなくなっていた。
眼でリョーマの動きを追いかけ乍ら、その元凶となった翼をじとりと睨む。
その隣で、乾はやれやれ、と肩を竦めて見せた。
「砂糖、と言ってもね、ショ糖と麦芽糖の複合物。言わば、砂糖と水飴で出来た砂糖菓子、ということさ」
一見、羽にしか見えないけどね。
そう言う乾の言葉をぼんやりと隣で聞き乍ら、手塚の目はリョーマを追う。向かってくる風に対して、帆の役割も果たしてしまっているらしく、いつもよりステップが遅い。菊丸と対峙している姿を客観的に見ていれば、なるほど、昨日に自分がいつも以上に容易く完勝したのも頷ける。
それでも、最後の方には自分も苦戦させられたから、菊丸もきっと間もなく、苦戦し始めるだろう。ゲームが進むに従って、リョーマは翼の重量と扱い方に慣れてくるし、何より、元から負け始めると闘志に火が点くタイプだ。
現に、点差を菊丸に揶われているリョーマの目はぎらぎらと燃え滾っていて。
「…しかし、乾」
「なんだい、手塚」
ボールを一度、二度、とコートに弾ませてサーブの態勢に入っているリョーマを見遣りながら、ふと、手塚は乾の結論の矛盾を思い出した。
リョーマがラケットを振払い、いつも通りの鋭いサーブが風を凪いだ。背の翼は身体を振払ったリョーマと同調してぴりぴりと揺れる。
「砂糖だとお前は言うが、あれは溶けなかったぞ?」
「はい?」
「砂糖だというのならば、熱や液体に溶けるのが普通だろう?」
「うん?まあ、そうだね。それで?」
「昨日の風呂の時、洗い流してもあれは溶けなかったぞ?」
溶け出すどころか、水分を吸い取って、じわりと湿っていた。穂先から垂れる雫すら、手塚はこの目で目撃している。
それでもお前の結論は変わらないのか、と手塚が視線で睨め付ければ、視線を受け止めずに乾はどこか遠くを見ていた。
はてな、と手塚は乾のそんな様子に小首を傾げる。どこか、呆れた様にも見える乾の横顔。
「……手塚、昨日は越前と風呂、一緒に入ったんだね?」
確認、というよりは、断定した口振り。
その時になって、手塚は漸く、自分の失言に気付いた。明らかに、自分がリョーマの沐浴現場に居たことを自ら暴露してしまっていた。
「……っ!そ、そんな事はどうでもいい…!」
「そうか、風呂で燃え上がって越前の部屋で第二回戦か…それで、今日は歩き方がぎこちないんだな」
なるほどなるほど、と乾は神妙な顔付きで頷いてみせる。
猫が毛を逆立てて憤慨するのと全く同じ動作で、手塚は乾へ怒りと、それから羞恥とを露にした。いつもは切れ長の涼し気な目許がきりきりと吊り上がっている様は確かに怖い顔だけれど、頬が紅潮している様は、気圧されるよりも、こちらまで照れてしまう感が強い。
まあまあ、と愛想笑いを浮かべ乍ら、乾は手塚を宥めた。それでも尚、恨めし気にこちらを睨み続けてくるけれど。
「…しかし、そうか。矢張りな…」
「矢張り?」
まだ、何か思っていた節があったとでもいうかの様に、意味深長に乾が呟くものだから、手塚はまだ顔を火照らせながらも乾の言葉を反復した。
ああ、と乾はひとつ頷く。そして、指を目の前でプレイするリョーマに突き付けた。厳密に言えば、リョーマ、ではなく、リョーマの背から生える白い塊。
「砂糖だけではない、他の異物も実は見つけたんだ。資料にも載っていないものだったから、てっきり、羽の細胞を砕いている間に何か不純物でも混じったのかと思っていたんだが……」
二人の目の前で、菊丸のラケットからロブが上がる。返球ミスとして、上がってしまったらしく、高く跳ねたボールを見詰める菊丸の顔には、しまった、と書いてあった。
そのロブを、足のバネも鮮烈に捕らえ、リョーマは腕を振り下ろした。菊丸の脇をすり抜けて、キレの良いインパクト音が響いた。
「どーん」
「俺のセリフ取るんじゃねえよっ」
「…それが、鍵、なのかな、ひょっとすると」
談笑する桃城達を見遣りながら、乾は思案顔でブリッジを押し上げた。
To be continued。
海
不 | 石
越 | 菊
桃
塚乾
俯瞰図はこんな感じで。
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