He indeed is the criminal of an incident.
「………」
「……………」
背後で突如起こった音は小さな物音どころではなく。かといって、辺り一面に物々しく響き渡るような轟音でもなく。
二人しかこの場に居ない状況では、その音はどちらの耳にも確りと届く。
特に、リョーマにとっては背後での『何か』だけれど、リョーマと向い合せの手塚からすれば真正面での出来事。耳以外にも目からもからも情報を受け取った手塚の顔色は、唖然、という熟語がぴたりと当て嵌まる。
目を丸め、口を薄く開けて。ぽかん、としていた。
「部長?」
「……………」
「どうした……………、の…………え?」
手塚の視線が自分の頭を飛び越えた先に注がれているのを見つけて、リョーマもゆっくりと首を捻って後ろを覗いたことで、リョーマの表情も手塚と全く同じものになる。
二人が身を寄せ合ったままで目にしたものは、
ごろりと、地に落ちた、リョーマの『元』翼
「…………」
「………………………」
『元』というからには、今、手塚の懐にいるリョーマの背からは何も生えていない。
羽が生えていたと思しき、肩甲骨の辺りにはただ瘡蓋に似た黒い跡が残るのみ。
視線を遣っていた砂地からリョーマの背中へと視線を動かして、手塚もそれを確認する。思わず、その部分に触れた。
「今…何が起こってたの?」
「……羽が…いきなり……」
もげてごろんと落ちた。
手塚はまだ意識の覚束無い声で、そう告げた。手は、リョーマの背を摩ったまま。
一方のリョーマはと言えば、唯一、事の目撃者である手塚からの言葉とは言えど、俄には信じ難いその発言に、目を屡叩かせ、次第に訝しむような顔付きを見せる。
「もげて、おちた?」
「ああ…」
「……………」
到底、信じ難い。信じられるような話ではない。
何しろ、それはつい今し方まで、リョーマの背に生えていた訳で、つまりはリョーマの身体の一部であったわけで。
喩えて言うのならば、突然、腕がぽろりと取れてしまうということ。
そんなことは、日常ではまず起こりえない。
神経や骨など、様々なもので繋がっているものは外部から物理的に切断される以外に離れてしまうことなど有り得ない。
しかも、翼がもげた瞬間に、リョーマには身体が異常を訴えることもなければ、痛覚すら微塵にも感じられなかった。
だから、リョーマは手塚の言葉が信じ難い。
信じ難いけれど、
確固とした証拠として、振り返る動作をすれば必ず視界に入っていた羽は無くなっているし、その突然消えた羽は背中の少し向こうに、大地で横たわるようにして転がっている。
信じ難いけれど。
信じる他に道は無さそうだった。
観念したかの様に、リョーマはひとつ溜息を零す。
「…信じられないけど…まあ…うん…事実みたいだし…。………で?」
「うん?」
「なんでアンタはさっきから背中撫で続けてくれてんの?」
「いや…痛いんじゃないかと…」
そう言いつつ、手塚の手はリョーマの背を上下に往復したまま。生憎と、リョーマの背には痛みどころか、重量感から解き放たれた開放感染みたものがあったりするのだけれど。
敢えて、それを言及するべきか否か、少し考えるようにしてから、結局リョーマは痛くはない事実を告げぬまま、未だ手塚の背に回したままだった腕に力を込めて、背中を預けた。
丁度、耳の傍にある左胸から鼓動の音がする。いつもより、若干早いだろうか。顔色以上に意外と驚いていたらしい。
「…ばくばく言ってる」
「ん?」
「アンタの心臓」
「そりゃ…お前は見ていなかったかもしれないが…結構、衝撃のシーンだったんだぞ?」
ふうっ、と何やら眉根を寄せて、手塚はそう漏らす。
落葉の瞬間にも似た、半ばまで黒く変化した羽が突然、けれど緩やかに弧を描いてリョーマの背から離れる瞬間。
落ち葉も、予告も無く、不意に落ちるが、正にあの瞬間に近いものがあった。
もう一度、頭の中で、あの光景を繰り返して見れば、また脈が早くなった気がする。
どきりと、した。
あっさりとしていた様だった気もするし、儚さを感じるような様であったようにも思う。
そんな手塚の加速した鼓動の音を耳にしながら、ふぅん、とリョーマは漏らした。
「抜け落ちてった感覚も無かったしなあ…」
「…無かった?いや、お前、『あ』、と、零していただろう。あれは取れた感覚があって言ったんじゃないのか?」
手塚はてっきり、そうだと思ったのだ。
だから、視線を上げた先で、ゆったりと大地へと墜落していく対になった羽を見乍ら同じ様に声をあげたというのに。
手塚の懐に収まったまま、リョーマは違うよ、と告げた。
「そっちはホントに、何も感覚なくて。振り向いた時に気付いたわけでさ。思い出したから『あ』って言ったんだよ」
「思い出した…?」
ふと、リョーマの背を撫ぜていた手が止まる。
そういえば、と、手塚は羽が抜け落ちる直前まで、リョーマが何事か頭を捻っていた事を思い出す。
曰く、違和感があった、と。
先刻まで此処にいた部員仲間達の中に。
手塚が自己内で検証した限りでは、リョーマが言うような事に相応する事象は無かったけれど。
そのことだろうか、というニュアンスで手塚が尋ねれば、そうだよ、とリョーマから返事がやってくる。
「あの人が言った言葉……変なんだよ。あの場所からじゃ見えなかった筈なのに…」
いやに回りくどい言葉。
それの真意を、手塚が問い質そうと胸に埋まるリョーマの顔を覗き込めば、
「ああ、やっぱり……」
リョーマと視線が合うよりも早く、リョーマの声でもなく、ましてや手塚の声でもない誰かの声が、ふと向こうから聞こえてくる。
手塚も、そしてリョーマも、揃って顔を上げた。
声のする方向、境内へと唯一続く、石階段の最上段に、二人もよく見知った人影が立っていた。
7人揃って、この場を辞した筈だというのに、いつの間にかそこに立っていた人間。
どうして彼がまたこの場所に居るのか、酷く不思議な思いに駆られたまま、手塚はぽつりと彼の名を呼んだ。
「河村…?」
そんな手塚の懐から身を漸く起こして、リョーマは「やっぱり」と聞き取れない程の小さな声で呟いた。
To be continued。
He indeed is the criminal of an incident.彼こそが事件の犯人だ。(推測英訳)
キーマンはタカさんでした。あともうちょい。
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