「あれ?そういや、タカさんいなくないッスか?」
「桃、気付くの遅いよ。さっき、越前の家に忘れ物したからちょっと取ってくるって言って、来た道戻って行ったでしょ?」
















He was
















「河村……?」

不意に現れた河村の名を不思議そうに手塚が呼んだ後、リョーマはその懐からゆっくりと身を起こし、立ち上がって河村に正面を向けた。

対峙された側の河村は、彼が日頃浮かべる人好きのする柔和な笑顔ではない質の異なった笑みを浮かべた。

「河村先輩、どうしてあの時、オレの羽の腐った部分が見えてたんスかね?」

確証を求める様に、リョーマは一字一句に重厚さを置いて言葉を投じた。
尋ねたそれこそが、リョーマが感じていた違和感。あの一団の中、河村のみに生じた違和感。

どういうことかな、と河村は逆にリョーマに尋ねた。彼が今、浮かべている笑顔同様に、いつもなら柔らかさがある口調はそこにはなかった。
異質さを感じる声音。
それを手塚も感じて、背を幹に当てたまま、静かに身構え、警戒の色を帯びさせた双眸で、河村へと視線を遣る。

「どういうこと、って、そのまんまの意味ッスよ。一番最後に来て、輪の一番外に居て、覗き込まないと見えない生え際の腐ってる部分が見えたって、どういうことッスか」

それって変ですよ、見えるわけがない。
リョーマがそう続けたのを聞き乍ら、警戒態勢を解かぬままで、手塚もぼんやりとあの時の光景を思い起こす。

あの時は、リョーマをほぼ中心にレギュラー陣達が回りを囲んでいて。
そして、リョーマの翼の腐敗を菊丸が発見した時も、それを乾と手塚が確認した時も、一様に身を屈め、覗き込む態勢を取っていた。
何しろ、患部は羽の根元で、そうしないと見ようにも見られなかったのだ。
そんな中、河村は一人、家の用事で集合が遅れ、リョーマを中心とした円の中に、外郭として加わった。
そして、
腐敗の目撃者達の様に、『覗き込むこともせず』、ただリョーマを『一目見た』だけで、『気付いた』

『一目』だったからこそ、リョーマは河村が驚愕しているのは羽の部分だと思い込んだが、彼は、自身の口で『黒くなってきているじゃないか』と事の様子を見つけた風に言った。

その河村の立ち位置と、リョーマまでの間には、数人のレギュラー陣が居たにも関わらず、だ。
あの位置からでは、到底見える筈などないものが、彼には『見えていた』


漸くにして、手塚もリョーマが頭を悩ませていた違和感の正体に辿り着いた。
見ていないのに、知っていた。
リョーマの翼の腐食が始まったのは、レギュラー陣が集合してから。勿論、河村が到着するよりも前の事。乾が全員に伝達した事項は『リョーマに翼が生えた』ということのみ。
だというのに、河村がそれを知っていることは、齟齬がある。

「どういう、ことだ…?」

予め知っていた?否、それはきっと違う。
河村は、ちゃんと『驚いた』顔をしていた。それは、彼がそれを見るまでは、その事実を知らなかったという裏付け。
顔だけではなく、河村は『まさか』とまで述べている。

『そんな筈は無い』とでも言いた気に。予定外だ、とでも言いたげに。

手塚では、正解は見えなかった。
けれどそれは、河村と対峙するリョーマも同じこと。違和感を感じて、それが何だったのかに思い至っただけで、『どうしてなのか』という結論は見えていない。

そんな二人を前にしながら、河村はあの亜種の笑顔を浮かべたままで、しまったなあ、と小さく漏らした。

「…迂闊だった。気付かれないまま、収拾を付けるつもりだったのに」
「収拾?」

そう、とリョーマの言葉に頷く河村を、手塚は険しい目で睨み上げる。

「…お前は、誰だ?河村ではないな…?」

目の前の人間は、口調も雰囲気も、表情や仕草どれひとつ取ってみても、手塚の記憶の中の河村と符号しない。厳密に言えば、顔のパーツだけが河村染みている。

緊張した面持ちでそう訊いてくる手塚へと視線を動かしてから、河村らしきものはリョーマの足下に落ちている、黒ずんだ羽を指差した。
リョーマの背から抜け落ちた時よりも、黒への変色が進んでいて、只の黒い塊へと姿を変えようとしているもの。

リョーマも手塚も、河村の指の先から辿ってそれを見下ろす。二人の視線が地面に落ちた2枚の羽を捉えたのとほぼ同時、

「それの、本来の持ち主だよ」

河村の声でそう告げられた。

字面や文法の意味としては解るその言葉が指す意味を、すぐにはリョーマも手塚も理解できない。
本来の持ち主、と言われても、これは唐突にリョーマの背から生じたものだった筈なのだから、持ち主は当然、リョーマ以外には有り得ない筈。
二人の思考能力では。

ただ、羽をじっと見下ろしたまま、二人揃って何の反応も示せないでいれば、河村が小さく笑った。
その忍び笑いも、普段の河村のものではない。人間染みた印象すら薄いように思えた。

「君達、天使が実在してることを知ってる?」
「は…?」
「その顔は、知らないね?」

何故だか困ったように溜息を向こうで零される。
思考も上手に機能していない最中にそんな薮から棒な問いを投げかけられて困り果てたいのは、リョーマと手塚だというのに。

これだから人間は、と人間の形を保ったそれは口を開いてそう言った。

「じゃあ、天使が羽を大きくする為に、宿主を探す話も当然知らないよね…?」
「羽を大きく?」
「宿主を探す?」

相手の台詞を反復する形で、人間二人組は不思議そうに眉を顰めた。
二人の思考回路では、疑問符ばかりが飛び交う。珍紛漢紛とは、まさに今の様なことを言い表す為に存在していると言っても過言ではないだろう。
それ程に、リョーマと手塚は、河村の言う意味が理解しようがなかった。

「ボクはね、天使なんだよ」
「は?ちょっと…あの…なんていうか……アタマ大丈夫?」
「それを尋ねたいのはこっちの方だよ」

もう一度、自らを天使だと宣う河村の形をしたものは溜息を零し、寂寥感に満ちた目でリョーマの足下に視線を遣った。
そこには、相変わらず、リョーマの背に生えていたものが無惨な色に変え、力無く横たわっているのみ。

「君なら僕の羽を大きくしてくれるだろうと踏んで種を植えたのに、どうしてくれるんだよ、僕の羽」

綺麗だったのに、と酷く消沈した顔で彼はそう呟く。
残念そうに呟かれても、話は不透明過ぎて、リョーマは遂にぽかんと口を開いた。その隣で立ち上がることもせず、手塚は一応考えてはみるけれど、どうにも目の前の相手が次々に告げてくる言葉は理解不能だった。

「種、とか、オレなら、とか、さっぱり意味がわからないデスガ?」
「…話を最初から話さないとわからない?………だから、知られずに収拾を付けたいって言ったんだよ」

そうして、彼は三度目の溜息を肩を落とし乍ら吐き出した。

















To be continued。
言うなれば、解決編。
ええと、わたしの中では色々と伏線を張ってたつもりなんですが、ちゃんと活きてますかね…?
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