むかし なきむし かみさまが あさやけ みて ないて ゆうやけ みて ないて
まっかな なみだが ぽろん ぽろん きいろい なみだが ぽろん ぽろん
それが せかいじゅうに ちらばって いまでは ドロップス

こどもがなめます ぺろん ぺろん おとながなめます ぺろん ぺろん







Marking of god
















河村の皮を被った一匹の、『自称』天使は、酷く面倒くさそうな面構え。
そうして、話の起こりからを、これまた面倒くさそうに語り出した。

「人間にはね、2種類の人間がいるんだよ」
「男と女だな」
「え、勝者と敗者でしょ」
「後のやつは近いかな。神様の捺印があるか、ないか」

この2種類だよ、と天使はピースサインで『2』と現してみせる。
河村先輩のピース姿って初めて見たなあ、とぼんやり余所事を考え乍ら、リョーマは彼の言葉の続きに耳を傾けた。
隣の手塚は「捺印?」と首を傾げている。

「生まれた時に、神様が押してあげるんだ」
「……オレ、どこにもスタンプされてないけど…」
「見えるわけないでしょう?見えるのは、押した神様と、その使いのボク達天使だけだよ。人間は、目が悪いからね」
「…ちなみに、どこに押されてんの?そのスタンプ」

裸の上半身中を隈無く翻してリョーマは体中を見渡す。勿論、どこにもそれらしきものは見当たらないものだから、ハーフパンツのウエストを引っ張って中を覗き込めば手塚から「馬鹿…」と呆れた口調で言われた。

「だから、見えないって言ってるでしょう?そういう表面には出て来ないんだよ。押してあるのは、魂に、さ」
「はあ…タマシイ……」

日常ではそうそう使わない単語。それをどこか遠い眼差しでリョーマは反復する。
どうも、相槌がてらでも彼の言葉を反復すると疲労感めいたものがある。単語一つとっても、現実感が淡白すぎるせいかもしれない。

これはもう、黙って聞いていた方がいいのかもしれない。その方が精神衛生面上宜しそうだ。

「神様のお墨付きを貰える子はそうそういない。ほら、人間の世界でも言うでしょう?神の寵愛を一身に受けた、だとかなんとか。その選ばれた子達に、ボク達天使は自分の羽を預けるんだよ」

それで羽を大きくしてもらって、成長できるのだと彼は続けた。

「…話の腰を折ってすまないが、少し、いいか?」

木陰という変わらぬポジションから、手塚が遠慮がちに小さく挙手してみせた。
いいよ、とリョーマと手塚の目の前の天使は手塚に発言権を許す。

「つまりは…越前は神に選ばれた子供だと?」
「勿論。しかも、相当お気に入りみたいだね。入念に印が捺されてる」

そこに、と指を差されるけれど、リョーマにはその印も、印が押されているという魂とやらも見ることは叶わない。
ただ不躾に指を差されている以外には見えなくて、なんだか無性に腹が立つ。

反撃として親指でも振り下ろしてやろうかと悪計を巡らせるけれど、そんなことは大して意味を持たないことに気付く。何しろ、相手は人間ではないのだから、リョーマがそうやって反撃してみても、その動作の意味がわかるかどうか。
そうやきもきするリョーマの隣で、手塚は彼へ相槌を返すでもなく、ただ黙り込んでいた。視線がふわりと宙を彷徨っているから、何か考え事をしているらしい。

「他に、何か質問は?」
「あ、ハーイ。突然生えてきたんだけど、オレはいつアンタから預けられたわけ?」

言う迄も無く、リョーマが尋ねたのは『羽』について。

預ける、と彼は述べたけれど彼の姿を見た覚えはない。目の前にいる姿は河村のものだけれど、彼の本体の形をリョーマは知らない。
そんな見ず知らずの相手が「預けた」と言い張れども、リョーマには受け取った記憶はとんとないのだった。

「あの時だよ、ほら、ドロップスあげたでしょう?」
「………いつ?」
「二日前に」
「おとつい…?ドロップス…??」

くるるっと、リョーマの記憶映像は巻き戻しを開始し、二日前、羽が突出してきた前日のある光景を再生した。


柔和な笑顔で、ポケットからガラガラと鳴る四角い缶を取り出して、一粒、掌に分けてくれた、河村の姿。
紙包みも何もされていないそれをそれ以外に貰った菓子類の様にポケットに放り込む訳にはいかず、確かにリョーマはそのまま口へとそれを収めた。


その光景に思い至って、リョーマは弾かれた様に目を見開いた。
あの頃から、彼は河村の中にいたらしい。

「サクマ!!!」
「サクマ…??」

尋ねる声は天使の彼と思考を一次停止してリョーマに焦点を合わせた手塚と異口同音。

「サクマドロップス!あれが……ええと、いわゆる、種、って、こと?」
「種、というか、あれが羽そのものだったんだけどね。神様から貰って、それを探した宿主に取り込ませるんだよ」

にこりともせず、淡々と天使は首を頷かせた。
ドロップスが羽そのもの。では、乾が主張していた、成分が糖だというのは間違っていなかったのかと、傍で聞く手塚はふと回想した。

『砂糖と水飴で出来た砂糖菓子、ということさ』

砂糖と水飴、どちらもキャンディー類の材料であったことを手塚は付随して思い出す。
『飴』で一括れば、不二と桃城が与えた間食も同じであったけれど。

思ってもみなかったところから端を発していたことに気付かされ、半ば呆然と立ち尽くすリョーマを見上げながら、手塚は矢張り自分が最初に見当をつけたことが正解だったのだと、ほらみろ、とリョーマに思った。どこか憮然とした表情。


『何か、変なもので拾って食べたか?』
『誰かから変なものを貰って食べなかったか?』


――やっぱり、変な拾い食いをしてたんじゃないか。

「あれのせいで、羽が…?」
「そうだよ」

唖然とするリョーマと憮然とする手塚と。その二人を見比べる様に見渡してから、話を先に進めていい?と前置きした上で、彼は自身の解説の続きの為に口を開いた。

「羽を預けて、育ててもらったら頃合いを見て回収させてもらうんだ。育てるのは君達にしかできないけれど、元はボクの羽なんだからね。そうしたら後は君達は普通に生活をするだけだし、ボクも天使としてのお務めを果たすだけ。羽を生やしている瞬間しか、迷惑はかけないよ」

それだけでも、充分に迷惑行為だと思える気がするけれど、彼としては『たったそれだけのこと』と切り捨てた。

「因に、頃合いを見て、とはどのくらいの時間なんだ?」
「たった1週間くらいだよ。勿論、宿主の個体差はあるけどね。今回は4日ぐらいだとボクは見当をつけてた。何しろ、神様に選ばれた子でも恐らく1、2は争えるレベルの宿主だったし。どのくらい、今日で成長したのか、観察がてら楽しみに来てみたんだけど――」

そこで天使は表情を曇らせた。視線は、リョーマの足下で見るも無惨な姿へと変わってしまった自分の持ち物へと。

「腐ってるんだもんなァ……酷いじゃないか」
「や、ヒドいとか言われても…急にそうなったし」

リョーマ自らが望んで腐らせた訳ではない。
それは唐突に発症したし、また、それによってリョーマ自身もショックを覚えたのだ。自分の体ごと、このまま腐敗が進行するのではないかと。
むしろ、こちらは被害者の筈で。

けれど、羽を本人の了承も得ず、一方的にとは言えど預けた天使側からすれば、そのまますくすくと育ち続ける予定のものが180度逆に退化を始めていたのだから、リョーマは加害者以外の何者にも映らない。

「…これでまた種を貰うとこから始めて、また宿主を探さなくちゃいけないじゃないか…」
「そんな不満たらたらな顔されて言われても…勝手に腐ったし」
「君が何かしないとこんな事になるわけないでしょう?」
「何もしてないって言ってるじゃん」
「……………訊くが、腐る原因として挙げられるものは…?」

自分達人間では、見当すらつかなかったそれ。
砂糖だと断固言い張る乾は腐っているという事実すら認めたがらなかった。

本来の持ち主でもあり、『あちら』側の世界の住人だと自称する彼ならば、自分達では皆目見当が付かなかった起因の事象を何か知っているに違いなかった。


手塚からの問いに、天使は不満そうだった顔色を、何ものかの嫌悪感の色に変えた。

「神様に対する冒涜を働いたでしょう?」
「は?」
「例えば、非生殖的なセックスとかね」

『例えば』と前置いたにも関わらず、どこか断定的な口調。そして汚らわしいものでも見るような鋭い目。

その言葉と目線に、手塚の心臓がぎくりと、音をたてた。















むかし なきむし かみさまが かなしくても ないて うれしくても ないて
すっぱい なみだが ぽろん ぽろん あまい なみだが ぽろん ぽろん
それが せかいじゅうに ちらばって いまでは ドロップス
こどもがたべます ちゅるん ちゅるん おとながたべます ちゅるん ちゅるん




To be continued。
ドロップスのうた。作詞まどみちお、作曲大中恩
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