長い夜












学校からリョーマを連れてスーパーへ寄り、その日の夕飯の買い出しを済ませ、自宅に帰るともう日が暮れ始めていた。
完全な夕方ではないが、少し日が陰り始めていた。

「只今戻りました」
「お帰りなさい、国光。あら越前君」

玄関から一番近いドアから手塚の母、彩菜がエプロン姿で姿を現した。
そんな彩菜にリョーマはほぼ直角にペコリと頭を下げた。

「こんばんわ。 すいません、いきなり来ちゃって。ご相伴に預かりに来ちゃいました」

そう、礼儀正しく挨拶するリョーマを見る度、外面の良さに手塚は溜息が出る。
普段は、先輩にすら敬語を使わない生意気っぷりだと言うのに。

始めて手塚の家にリョーマが来た時も、この調子で、そのことについて話せば、リョーマは上機嫌に、

「だって、部長の家族ってことは、将来オレの家族になるんだから、好印象でないとヤバいでしょ?」

と言ったものだった。
仮定形すら使わず、将来の自分の家族と断定したリョーマにあの時も手塚は顔を赤くしながら大きな溜息をついたものだった。


「あら、じゃあ今日はお夕飯は一人増えるのね。食卓が賑やかになって嬉しいわ」
「オレも彩菜さんのご飯が食べられるなんて嬉しい。彩菜さんのご飯おいしいから」
「ふふ、口がお上手ね」
「そんな、本当の事ですよ」

本当に外面がいい。
テニスでもそのくらい礼儀正しければ、揉め事を起こすこともなかろうに、とついつい思ってしまう。

買って来た材料を彩菜に渡すと、上機嫌そうに母は来たドアへと戻って行った。
玄関で立っている訳にも行かないので、リョーマを引き連れて自室へと向かう。

「お前は…」
「ん?なに??」
「本当に外面だけはいいな」
「何言ってんの、愛想が良いのは部長の家族に対してだけだよ」




手塚の部屋は何度来てもきちんと片づけられていて、手塚のその性格がにじみ出ている。
リョーマがベッドに腰掛けている間に手塚は別の部屋から客用の布団一式を運んで、床にひいた。

「なに?一緒のベッドで寝ないの?」
「……寝ない。お前はこっちだ」

ちぇっとリョーマが残念がっている足下で手塚は黙々とシーツを敷き布団に巻き込んだり布団の整備を行った。
相変わらず手際がいいと、手塚の様子を眺め乍らリョーマはそんなことをぼんやりと考えた。
そして、やっぱり嫁は手塚の方だな、と一人確信を得ていた。

布団の支度を整え終わった手塚が身を起こした。

「越前、夜着はどうする?」
「ヤギ?」
「寝間着だ。パジャマ」

さっきは『ご相伴』とか言っていたくせに、日本語に明るいのかそうでないのかと手塚は内心毒吐く。

「えー、何も持って来てない。部長の貸してよ」
「構わんが、俺がお前ぐらいの身長の時は小学校だったからな、まだ残っているかどうか」
「部長って、オレぐらいの身長の時は何歳ぐらいだったの?」

頬を膨らませながらリョーマが手塚を見上げる。

「そうだな……小学校の3年ぐらいか?」
「アンタってさり気なく厭味だよね」
「聞いてきたのはお前だろうに。まあ、いい。ちょっと探してくるから少し待ってろ」

そう言って手塚は外へ出て行った。
一人、部屋に残されたリョーマは手塚の部屋全体を見渡した。

目の前には本棚と学習机。
左には趣味の釣りに使う竿が入れられたガラス張りのロッカーと隙間なく詰め込まれた本棚。
詰め込まれていても、本の背がジャンル毎に背が小さい順に並べられていたり、ブックカバーの色味でセンス良く並べられたりしていて、こういう処に楽しみを覚えたりしているのかと考えて、小さく笑ってしまう。

部屋の中央に立てば、壁際に置かれている本棚などのそれらが中央から均等の位置にあって、どこまで几帳面なのかと嘆息さえ出そうだ。

手塚の部屋っぷりを堪能していると、入り口のドアが開いた。

「俺の小さい時の服は親戚にやってしまったそうだ――って、部屋のど真ん中で何してるんだ、お前は」
「え?部長の部屋を堪能中」
「楽しいか?」
「かなり。オレって手塚国光フェチだから」

笑顔で言うリョーマの頭を軽く叩くとその口から不満の声があがった。
そんなリョーマをそれ以上構わずに、手塚は箪笥の引き出しを開けてTシャツとハーフパンツを取り出した。

「多少大きいが仕様がないだろう」
「うわっ、今の部長が着てるやつ着てもいいの?」
「そんなに喜ばんでいい」
「感動ものだよ。泣いていい?」
「それぐらいで泣くな」





暫くして夕飯が出来上がったと彩菜の声に階下へ下り、手塚の実母の手料理を満喫してさっさと風呂に入り、また手塚の部屋へと戻った。


「ああ、濡れ部長だよ、堪んないモノがあるよね」

リョーマよりも後に風呂に入った手塚が部屋に戻ってきて、リョーマは開口一番にそう宣った。
そこに普段の彼らしさはなく、どこか顔が緩んでいる。

「越前さん、やらしい顔してますよ」
「そりゃあ、なりますよ。オレも男の子ですから」
「さっさと寝なさい。明日は朝練です」
「はいはい。つれないですね、相変わらず。
  ……明日、明日か。すっごい楽しみ」

にやにやと完全に弛緩しきった顔でリョーマは床に丁寧に敷かれた布団に潜り込んだ。

そんなリョーマの言葉を聞いて、今の今迄手塚は忘れていたのだが、明日にキスをすると言ってしまったのだった。
今更の様に思い出して、顔が赤くなってきたのが自覚できた。
そんな紅潮した顔を見られまいと手塚は顔をリョーマが寝ている方とは正反対の方向に向けて自分のベッドへと潜り込んだ。

(明日、か。遂に腹を括る日がきたか)

明日の事を考えると何だか、感慨深くなってきた。
いつかは来るだろうとは思っていたが、自分には早過ぎたような気がやっぱりしてくる。

しかし、明日、と断言してしまった手前、後日に延ばすなどは気が病む。
何事にも明瞭させる自分らしくもないし、第一、もう少し待てと言ったらリョーマが落ち込むだろう事は容易く想像できた。

思えば、リョーマは随分待っていてくれたのだろうと思う。

自分が腑甲斐無いばかりに、と思うと胸が痛む。

そう思うのなら、尚更、明日は決行しなければならないだろう。
今晩のうちに覚悟を決めてしまわなければいけない。
隣で早くも寝息を立て出したのが耳に入って、そっと手塚は身を起こした。

そこには俯せで寝るリョーマの後頭部しか見えない。
そんな体勢で寝れば息苦しくないのかと、いらぬ事迄考えてしまう。

今日、洗髪したのか少し湿り気を残すリョーマの髪を起こさない程度に軽く梳く。

リョーマを待たせている。
1か月と少しも。

リョーマは本来、こんなに気は長くないのだろう。
テニスでの強さへの貪欲さや本能の様に勝利をもぎ取る彼を見ているとそれぐらいは判る。

そんなリョーマに我慢を敷いてきたのだと思うと本当に辛かった。

キスをするだけでも手塚にとっては大きなことだが、リョーマはきっとそれ以上の事ももう望んでいるのだろうなと思う。

でも、正直、自分に合わせてくれるのは嬉しい。
急いているのだが、それでも我慢をきかせてくれるリョーマを有り難いと思う。

明日のキスはその恩返しだと思えば少しは気が楽だろうか。
いや、恩返しというには傲慢すぎる。
手塚だって、リョーマのことはリョーマ以上に好きなのだ。きっと。
それなら、いつもは理性に縛られている自分を少しくらい解放してもいいのではないか。
たまにはリョーマの様に自然体で生きてみるのもいいかもしれない。

(まったく。お前といると俺がどんどん変わって行く)

苦笑しながら、もう一度リョーマの髪を梳く。

(明日、か)

もう一度考えてみるが、今は先程よりはずっと気が楽だった。
明日は何とかなるかもしれない、と手塚は長い夜の始まりにふと思った。
















長い夜。
あれ?第5話で終わりじゃないんですか、オオザキさん。
…すいません、まだもうちょっと続きます。
まだ本番書いてないですし。
は、はやく書こうっと。私、どれだけジレジレモタモタなのだか。
ェロを求めて来て頂いてる方には申し訳ないです。
あ、でも、そのうち必ず書きます。
書かざるをえないというか。まあ、最終的にはそうだよなっていうか。
そんな訳で、first-x編、もう少しおつきあい下さいませ。
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