隙間
隙間を埋めたいと思っています。
けれど、俺の中の何かが邪魔をして、それはできないんです。
貴方との隙間を埋めたいんです。
キスが、したいと言ったリョーマを突き放してしまった。
あの一場面が脳裏をリフレインし続けて、帰りのバスの中で手塚は外を見乍ら眉間の皺を一層深くしていた。
リョーマのことは好きだ。
これは紛れも無い真実。
けれど、自分とリョーマには隙間がある事を手塚は勘付いていた。
絶対的な経験の差。
年齢や身長は勿論の事、恋愛に於いてもそれは然るべき事柄だ。
手塚には恋愛経験が全くといっていい程に無い。
そんなことは手塚自身が一番判っていた。
それ故、初恋とも言えるリョーマに対してどう振舞うべきか見当がつかない。
そんな手塚に対し、リョーマは恋愛経験が豊富であるように思う。
それは、彼が育った土地が開放的なことも一因しているのかもしれない。
だからなのか何なのか、手塚とリョーマの間の恋愛において仕掛けてくるのはもっぱらリョーマだった。
仕掛けると言っても、今はまだ付き合って、手を繋ぐだけの関係だ。
所詮、幼い恋愛をしていると、手塚でも多少の自覚はある。
しかし、現状に不満はない。
この侭で良いと正直思っている節があるのも事実だ。
飽く迄、手塚側には。
一方のリョーマ側を振り返れば、彼は現状よりももっと先に進みたがっているのだと思う。
けれど、無理強いを敷いてはこない。
そこではたと手塚はリョーマなりの優しさに気づいた。
まだ付き合って1か月、出会ってからも1か月と2週間程度だ。
けれど、その期間だけでもリョーマと共に時間を過ごして、手塚はリョーマの性格を熟知し始めていた。
そんな彼の性格からすれば、多少の無理強いは敷いて来ない筈がないのに。
大切にしてくれているのだと思うと、手塚の左胸が痛む。
そして、そんなに大切にしてくれているのに何も返せない自分が卑怯な事を知る。
けれど、今の手塚にはリョーマとの隙間を埋める勇気がなかった。
臆病なのだと、自嘲してみる。
そこまで考えた頃に、自宅から最寄りのバス停に到着する。
他に降りる人の列に車内で並んで最後にバスを降りた。
自宅迄の微かな道のりで手塚は先程までの思考を取り戻した。
向き合ってみようと、思った。
幸い、明日は祝日で学校は休みだ。
そして、珍しく部活も休みだ。
リョーマを家に呼ぼうと思った。
そう閃くとそれまでの家への足取りが自然と早くなった。
自宅に帰ると母親に、どうしたのそんなに嬉しそうな顔をして、と言われたが手塚は外から見るといつもと変わらない表情のままだ。
自分の母親は人の機微を読むのが上手いのだな、と他人事の様に関心してしまう。
自室へと内心駆け上がる気持ちで、しかしながらいつも通りに向かった。
机の一番上の引き出しの中にある連絡網の用紙を取り出して、電話の前に立ってリョーマの家の番号を押す。
暫く発信音が続いた。
「もしもし、越前です」
若い女性の声が電話に出た。
前に越前が言っていた同居している従姉だろう。
「もしもし、テニス部の手塚と申しますが、越前君はおられますか?」
「リョーマさんですか?少々お待ち下さい」
保留音が鳴り出して、1分程待たされた。
保留音が止んだ後には、声からして機嫌が悪そうなあの後輩の声。
「…もしもし」
「越前か。オレだ」
「一体、何の用っすか」
「明日、俺の家に来ないか。話したいことがある」
「部長の家に…?」
受話器越しながら、彼の驚いている表情が容易く想像できた。
「…………。
話したいことって、今日のこと?」
「まあ、概ねそんなところだ」
「ゼンショしてくれるの?オレとのこと」
不貞不貞しかった声音に喜色が混じっていた。
そんなリョーマの素直さに手塚も受話器越しで柔和な表情を浮かべた。
「来るか?」
「勿論!……って言いたいとこだけど、アンタんちだと思うと何しでかすか判んないから、明日、部室ででもいい?」
何を仕出かすかとは、何をする気なのか。
そう思いながらもいつものリョーマの調子だと思うと安堵できた。
「構わん」
「じゃあ、明日、お昼の1時に部室でね。鍵、忘れずに持ってきてよ」
隙間を埋めようと思う。
お前との隙間を。
隙間。
first-x編その2。
リョーマ側からの鍵を受けて手塚側からでした。
なんていうか、やっぱり、あの、本物の初恋は慎重になると思うのですよ、手塚でも。
いや、手塚だからこそというか。
油断せずに行こうの人ですから。
さて、これ何話まで続くのかな。全くもって不計画ですみません。