贅沢な孤独












午前10:00。
リョーマは長い眠りから目を覚ました。

時計で時間を確認してから、勢いをつけて起き上がった。
勢い良過ぎた為か、リョーマの背でうたた寝をしていた愛猫が床に転げ落ちた。

振り落とされて不機嫌そうな彼にごめんごめんと謝って顎裏を指で撫でてやる。
それで機嫌を直したのか、カルピンはゴロゴロと喉を鳴らした。

たっぷり撫でてやってから、パジャマのまま階下へ降りた。
階段の丁度真下に母親がいた。

「Goodmorining」
「おはよう、母さん」

ニコニコと微笑む母親の脇を通り抜けて、食卓へ向かった。
卓上には用意された朝食が並べられていて、リョーマはそれをぼんやりと食べ始めた。

今日の予定を頭の中で振り返る。
13:00に、青学テニスコート。

手塚と、会う。

それ以外は特に予定はない。
手塚と会って、それからどうなるかなんて未だ判らない。

手塚と休みに会うことや、昨日の出来事などを思うと自然と脳が思考を始めてしまう。
だから、約束の時間より早く行って、また例の場所で壁打ちでもしてゆっくり考えようと思った。
思い立ったが吉日。
それまで緩慢に摂っていた朝食を喉に流し込む様に急いで平らげた。

「ごちそうさま」
言って立ち上がり、自室へとこれまた猛烈な勢いで階段を駆け上がった。



待ち合わせ場所は一応学校なのだから、休みとは言えど制服を着て行かなくてはいけないかと思って、制服に袖を通すが、学ランの下にはTシャツとハーフパンツを着た。
上は兎も角、下は少しごわごわして気持ち悪さがあったが、向こうで着替えるにも手塚が来ない限りは部室は開かない訳で、流石に屋外で下着を曝け出して着替える気はなかったから、仕様がないと思って我慢した。

テニスバッグの中から、今日は使わない教科書や筆箱を出して、テニス用具一式だけの中身にする。
用意が整ったらバッグを引っ掴んで、行きと同様階段を駆け降り、そのままのスピードで玄関を出た。

「こらっ、リョーマ、どこに行くかぐらい言ってから出ていきやがれ!」

遠くで父親の怒声が聞こえたから、学校!とだけ叫んでまた走り出した。
服で大体見当がつくと思ったから何も言わずに飛び出したというのに。
うちの親は過保護なのだか放任なのだか。
知らず、溜息が出た。



家からの道のりの信号が面白い程に青が続いて、いつも登校するよりも少し早い時間でリョーマは学校へ到着した。

一直線に校舎裏の壁へ向かう。
もう何度も悩みをテニスボールに変えて打ち付けた一点だけが壁に微かな痕を付けている。
さっさと学ランの上下を取っ払い、バッグからラケットとボールを取り出していつも通りに壁打ちを始めた。
そして、リョーマの思考が始まる。


手塚が自分を誘ったこと。
電話口では話したいことがあると言った。
その後にその日のことかと聞けば、概ねそういう事だ、という返事。
自分とのことを善処すると肯定いてくれた。

それはつまり、自分の要求を受け入れてくれるということ…?
いや、違う、とリョーマは思った。

それでは、どういうことか。

自分との仲を善処する。
ゼンショ。努力する事だと手塚はその言葉を説明した。

つまりは、手塚なりに自分との事を考えていてくれたのだろうか。

そして、手塚は自分に追い付いてくれようと思ったのか。

(あの人が俺より足りない物があるなんてね)

リョーマと手塚の差はリョーマばかりが負けが混んでいると思っていた。
身長も、手塚の方が高い。
年齢も、手塚の方が高い。
テニスの実力だって、手塚の方がまだ強い。
他にだって、リョーマが手塚より足りないと思うところは多い。
認めたくないけれど、それは認めざるを得ない現実だ。
手塚との差の全てをリョーマは追いかけていた。
年齢ばかりはどうしようもないが、他は追い付ける可能性はある。
そして同時に追い越す可能性もゼロではない。

リョーマの越えるべき未来には、いつも手塚がいる。
手塚に追い付く事、そして追い抜く事をいつも頭に思い描いている。

そう思っていたのに、恋愛では自分が勝っていたなんて。
思いもかけなかった。

手塚との恋愛にすら、一挙手一投足に心を奪われて、振り回されていたと思っていたのに。

自分に恋愛で追いつこうとしているということは、手塚は自分の事を好きでいてくれるのだろう。
しかも、大いに好いていてくれているのだろう。
些細な好意だけであったなら、追いつこうとは考えないだろうから。
追いつこうという考えは自主的なものなのだろうから。

(オレ、自惚れてもいいのかな。アンタがオレに惚れてるって)

けれど、そう仕向けたのは自分ではないのか。
自分の好意を相手に刷り込んだだけではないのか。

そんな疑問が嬉しさの傍らから這い出てくる。

自分が行動を起こさなかったら、手塚は自分を好きでいてくれたのだろうか。
原因よりも今のこの結果があればいいのか。
否。
原因も重要であってほしい。
リョーマはそう考える。

いや、それも否。
好きになって欲しいと思った自分の心から、今の結果がある。
それでは充分ではないのか。
元より両思いであったなんて、贅沢なことなのではないか。


リョーマの思考が縺れる。
そして、壁へ返球した痕が少しずれた。

自分が原因に対してどう思っているのか。
明瞭とは判らなくなった。

元から自分を手塚が好きでいて欲しかったのか。
それとも、自分の行動が為に今に至っているのか。

(オレは、オレはどう思ってる…?)

前者であれば、至上の慶びだ。
けれど、そうではなかったら。
そのことを信じていればいる程、悲しさは倍増だ。
空回りにも程がある。

後者でもいい気もするが、もしその通りだったら、と思うと心の底に澱みを抱えた感じがする。
自分以上に自分のことを好きでいて欲しいと思う。
これだけは負けてもいいかもしれない。

どちらにしても、手塚が答えを持っている。

手塚を待つほかない。
手塚と向き合う以外に道はない。

そこまで考えて、ラケットを振り続けていた手が止まった。
壁から返された黄色い球が、リョーマの脇を擦り抜けて、後ろで弾んで転がった。


アンタはオレと向き合う為に、ここに来るの?

そう考えるのは贅沢な事か。



一人でそう考えるのは贅沢な事なのか。

「オレも…」

思いの外遠くまで転がったボールを追ってリョーマが壁に背を向けた。

「オレもアンタと向き合う為にここに来た」

原因が手塚からの誘いであったとしても。



時間は、午後0時45分。
その頃、手塚が青学の正門を潜った。














贅沢な孤独。
first-x編、第3話、お届けいたしました。
ううん?佳境??
なんだか、テーマが難しくなってきました。自分的に。
最初はただのチューまでの道のりだった筈なのに。
相変わらず、勝手にキャラが動き回りやがります。
しかし、それにこちらの意図が加わっているのも確かで。
わたしも共犯、か…!!
自分の思考がなんだかよく判っていないまま、4話へ続きます。

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