小春日和
「手塚くーん、ご指名よ〜」
翌日、2限目の休み時間にクラスの女子が教室の入口から手塚を呼んだ。
ここのところ読み通していた本から視線を上げて声の方を向くと、手塚を呼んだと思われる女子が手をこまねいてこちらへ来るよう促している。
何事かと不思議がりながらも読んだところまで本に栞を挟んで席を立つ。
「なんだ?」
「2年の子なんだけど、話があるって」
言われて、視線を前に向けるとドアのレールを挟んで廊下側に女子にしては身長の高い、気の強そうな女生徒がこちらにぺこりと頭を下げた。
「手塚先輩、すいません、お呼びしちゃって」
「いや、かまわんが」
「実はですね、私の友達が放課後にお話ししたいことがあるんで、放課後に裏庭に来て頂きたいんですけど」
話しがあるなら、今ここにその本人がくれば良いのに、と思うが、此所では話せないことかとすぐに合点して、承諾の旨を言葉短かに彼女に伝えた。
ありがとうございます、と酷く嬉しそうに女生徒はまた頭を下げて踵を返して行った。
「やるな〜この色男め!」
「…何がだ」
自分をここまで呼んだクラスメートに肘で突つかれる。
自分の肩より遥かに下の彼女の目が半月ににやりと歪む。
「何がって、放課後裏庭に来てだなんて、用件は一つに決まってるじゃない?」
いやあね、とぼけちゃって。
口元に手を当ててホホホと笑う相手の意図が手塚にはさっぱり判らない。
「ヤダ、ホントに判んないの?まあ、放課後行けば判るから、楽しみに待ってたら?」
肩をポンと軽く叩いて彼女は心持ち嬉しそうに自分の席へ帰っていった。
そんなクラスメートを不思議そうな目で見送りつつ手塚も自分の席へ戻った。
そして、放課後。
呼び出された通りに手塚が裏庭に向かえば、気に凭れ掛かる様に小柄な少女が立っていた。
一見大人しそうなこの子が自分を呼び出したあの気の強そうな少女とどういう共通点があって友達なのか不思議に思った。
近付いて来た手塚に気が付いて、相手が慌てた様子でぺこりと体を折り曲げて大きく頭を下げた。
「す、すいません、手塚先輩、こんなとこまでわざわざ来て頂いて」
「いや、構わんが。それで、話というのは?」
相手が手塚よりも遥かに背が低い上に俯いてばかりいるので手塚には彼女の頭しか見えない。
声から察するに異常に慌てているように見受けられるばかりだ。
「あ、あの、手塚先輩…………好きです!つきあってください」
これまた俯いたまま言われる。
先程より肩を竦め増々俯くものだから、後ろで結んでいるゴムの結び目まで手塚の視線に入る。
暫間の沈黙の後、手塚が明瞭とした調子で口を開いた。
「すまないが……気持ちには応えられん」
「そっ…そう、ですか」
竦めていた肩を今度は残念そうに落とす。
「好きな、やつが居るんでな」
「そうですか。手塚先輩に好きになって貰えるなんていいな。きっと素敵な子なんですね。大切にしてあげてください。それじゃ、ありがとうございました」
非道く残念そうに、けれどはにかむ様に笑って漸く顔を上げた。
そして手塚が来た時と同じ様に頭を深々と下げて裏庭から駆けて行った。
「素敵な子…か。生意気で傍若無人なんだがな…」
視線を上げれば囲う様にそびえ立つ木々が生やす葉が青々と萌えている。
空も晴れ渡っていてそよぐ風が清々しくて気持ちがいい。
春も最中な心地を充分に堪能してからテニスコートに向かうべく手塚も踵を返した。
と、裏庭からテニスコートへ行く道のど真ん中にリョーマが視線を落として立っていた。
「……ッス」
手塚の視線に気が付いてリョーマが軽く会釈をする。
当の手塚は少しばかり驚いたように瞠目する。
「オレ、今日掃除当番なんですよ。この先の焼却炉にゴミ、捨てに来た帰りなんですけどね……聞きたくもないもの聞いちゃったかも」
「ああ、聞こえていたのか」
校舎からも離れ、人がまるで居ない裏庭ならば多少離れていても声は聞こえていても無理はない。
手塚と視線を合わさぬ様に視線を落とし乍ら、リョーマは手塚向けて足を進めた。
「部長も一丁前に断りの文句知ってるんじゃないですか。好きな奴がいるからゴメンだなんて。
オレにもそれぐらい言ってくれたら良かったのに」
手塚の傍まで歩み寄り、そこでやっと手塚に視線を向ける。
目を細め、口の端を上げてみせた。
揶揄うようなそれはしかしどこか自嘲気味でもあった。
「好きな奴がいるだなんて、ウソのくせに。誰も好きじゃないくせに」
「さっきの断った文句は嘘じゃない」
見上げてくる視線を真っ直ぐに返しながら、手塚が濁す事無く告げる。
「あ、そう。好きな人が部長にもやっとできたんだ。それはそれは。オメデトウゴザイマス」
揶揄う表情は変えずにリョーマが言う。
そんなリョーマを見遣りながら、手塚は軽く溜息を漏らした。
「拗ねるんじゃない。全く、お前は子供だな」
「えーえー、そうですよ、どーせオレは血気盛んなお子さまですよ。悪かったね」
視線をぷいと逸らせる様が正に子供そのままで、その様が可笑しくて手塚はくすりと苦笑混じりに笑った。
「何を笑ってるんですか」
「いや、すまん。可笑しくてな」
何ソレ
むくれてみせるリョーマに再び苦笑を漏らした後、手塚は一度リョーマから視線を外す。
「越前。気持ちは変わっていないか?」
小春日和。
すねすねなリョーマでお届けしました。
このテンポは100題なんかと同じですな。
ふふふ、リョ塚では重要ですな。すねっこエチ太郎。
さーあ、ここからめくるめく大告白大会です。
お楽しみに〜
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