犬が歩いてアタルモノ。
















それから、リョーマが手塚が見る回数が明かに増えた。


手塚を見る度に、色々な事が判って来た。
不二以上に変化の無い表情の些細な機微まで。


嬉しい時、実は少し目尻が下がっている事。

怒る時は左眉を顰めるのに、呆れている時は右眉を顰める事。

疲れている時の顔。

必死に考えている時の顔。

哀しんでいる時の顔。

実は、2年生に手を焼いている事。

1年の中の出来の悪い奴を心底心配している事。



可愛いなあ、と思った。

そして、彼がその幽かな笑みを自分に向けた時、左胸が小さな悲鳴を上げる事が増えた。

帰り道も、桃城の自転車の荷台に乗り乍ら今日一日自分が見た手塚の様を思い出している自分に時々、ハッとさせられる。



「なんなわけ、これ…」



誰に言うとでもなしに青空へ向けて呟く。

初めての感情の正体が判らなくて、そっと左胸を押さえてみる。
そこには、いつも通りの規則的な心音。

あの人も、きっと同じ音がしている。
あの人の胸に擦り寄れば、きっと同じ音が聞こえる。


どきり。



皮膚を伝って聞こえて来た音が早くなる。

また、だ。


「ほんとに、なんなんだよ……っ」



苛々した気持ちを晴らす様に足下に転がっていた小石を力一杯蹴り飛ばした。

リョーマの怒りをその身に受けて、柔らかくもないそれは一度大きく弧を描いて宙を飛んで―――

少し先を歩いていた少年の脛にぶつかった。


「あ」


しまった。
ぶつけるつもりなんてなかったのに。

これは一方的に自分が悪い。

見れば、他校の学生服だ。
白のブレザーにチェックのスラックス。
身長や体格からしても、リョーマよりも年上だろう。

脛に小石とはいえ、力一杯蹴られて慣性の法則そのままにぶつかったそれは流石に痛かったらしく、眉をしかめ乍らその少年が振り返った。

日本人のそれにしては色素の薄い髪、傲慢そうな目付き、そして、何よりも印象的なのは右目の下の黒子。


「あーん?何しやがった、小僧」

彼の第一声の傲慢振りに素直に謝ろうとした言葉が喉の奥に帰っていく。

「スミマセンデシタ」

いつもの、ぶすっとした表情のまま棒読みに言いのける。

「それが人に謝る態度かよ?あ?」

一見、育ちが良さそうに見えた風貌だったが、その言葉使いからは到底それは伺えない。

どこの不良だ。
そう思った。

「謝ってるじゃないスか」
「ちゃんと頭ぐらい下げて欲しいもんだな」

そう言って彼は、顰めた眉間の皺を深くする。
彼のその様に一瞬、脳裏を手塚が駆け抜けて、またリョーマの左胸がちくり、と痛む。

「なんだ、いきなり黙りやがって。……ん?お前、青学か?その制服」
「…そうだけど」
「しかもお前、背負ってるバッグ……テニス部か。ったく、手塚も躾ができてねえなあ」
「え?」

あの人を、知っているのか、コイツは。

余程呆けた顔をしていたのだろうか、目の前の少年がずっと不機嫌そうだったその顔から笑いを漏らした。


「お前、すげえ間抜け面してるぞ。変な奴だな」
「アンタ、部長知ってるの?」

笑われた事はむかつく。
むかつくけど、この少年の口から出た『手塚』の言葉にどうしても反応してしまう。

「知ってるも何も、うちと青学はライバル校だぜ?ああ、そうかお前一年だな。そりゃ知らねえわな。
  俺様は氷帝学園、3年部長の跡部景吾様だ。その軽い脳みそに叩き込んどきな」

そうして、屈み込んで来た跡部に額を弾かれて反動で頭が後方へ揺れる。
弾かれた部分をついつい摩ってしまうのは、どういう習性なのだろうか。
よくは判らないが、リョーマは額を痛そうに摩った。

「った。……それにしても…」

まだ額を摩りつつも、不躾にリョーマは跡部を頭頂からつま先までジロジロと眺めた。

「アンタが部長ねえ。うちの部長とは大違いだね」

いつもの意地の悪い笑みで跡部を見上げれば明から様に不機嫌そうな顔付き。

ああ、そうだ、こんな時あの人なら左眉を顰めて、その次にはグランド10周とか言うんだよね。
こんな、明から様に不機嫌そうな顔はしない。
いつもの無表情にほんの少しだけ怒りの色を滲ませるだけで。
でも怒った顔も酷く、綺麗で。いつも怒り特有の眸の奥の色を覗き見てしまって。それを呆けているように思われてここのところずっと、怒られた後に更にグランドを走る回数を増やされている。

「どういう意味だ、ガキ」
「ガキじゃないよ。越前リョーマ。その素行の悪そうな脳みそに刻み込んでおいた方が身の為だよ、ヒョーテイの部長さん」

にやり、と口の端を上げてみせてやる。

ああ、そうだ、これが普段のオレ。
不遜で、失礼千万な態度。

「は。言ってくれるな。今度手塚に会ったら1年の躾について文句の一つでも言っておいてやる」
「部長は関係ないよ。これは元々のオレの性格なもんで」

途端、目の前で彼が破顔した。
何か可笑しいことを言っただろうか、と思って首を傾げてみる。

「今年の青学の1年はイキがいいじゃねーの。うちのにも見習わせねえとな」

くつくつと漏れてくる声は、笑いの余韻が喉元に燻っているらしい。
一頻り治まったところで、跡部はリョーマの髪をくしゃくしゃと掻き回した。

「気に入ったぜ、お前。青学なんて辞めてうちに来いよ」
「ヤダ」
「即答かよ。この俺様の誘いを断るなんざいい度胸じゃねーの」
「だって、アンタんとこ行っても部長はいないもん」
「手塚か?ばーか。手塚を越える男が部長の氷帝のどこに文句があるってんだ。贅沢な奴だな」

手塚を越える?
いや、無理だ、と思った。

あの人は、誰にも越えられない。
越えられるものがこの地球上に存在しているなんて、思えない。


「アンタじゃ、役不足だよ」
「あーん?言ってくれるじゃねーの。手塚も、随分愛されたもんだな」

どきり。
また、だ。

どきり。どきり。

「なんだ、また黙って。どうかしたか?」

今、目の前にいるこの男は、この胸の疼きが何だか知っているのだろうか。
そんな考えが、ふとリョーマの脳内に沸き上がる。

自分より、2つも年上なのだ。手塚と同じだけ人生を経験しているのだ。
知っているかもしれない。

そう思えば、脳が口へ伝達を始めていた。




「ねえ、アンタはこの胸の痛みの正体を知ってる?」



見上げた先の眸は、一度だけ瞬いて、あーん?  とだけ、答えた。




































犬が歩いてアタルモノ。
それは、たまん!!
なんでこんなトコをたまんが歩いてるの!?とか、
ってか、たまんは行き帰りはリムジンで送迎だろ!?とか
たまんとリョマんちは方向一緒なのかよ!?とか
つっこむべきところは自分でつっこみましたので、平に、平にご容赦を!!
某方とのメールのやりとりで他校が無性に出したくなりまして。
ひいー、他校モエ?そして、初他校。
うわーん、そして、本当にこれは手塚誕生日企画ですか!?
みちゅこが出てきてないよ!?
次回、たまんによる恋愛相談室。笑。
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