ハッカク。
















「アンタは、この胸の痛みの正体を知ってる?」

暫く黙ったかと思えば、突如それだけを発したリョーマを跡部は見下ろす。

いきなり、何を訳わかんねえことを。

「あーん?」
「だから。アンタは、俺に時々起こる左胸の痛みの正体を知ってるかどうかって聞いてんの」

むっとしたように、眦が心持ち吊り上がる。
しかし、胸に痛み、と聞いて跡部はリョーマが指すものとは別の物を思い描いた。

「胸?時々起こる痛み?なんだ、お前、病気持ちか?」
「ちっがう!そういうんじゃなくてさ」

噛み付かんばかりに目の前で吠えたてるリョーマを見下ろしつつ、跡部は軽く溜息を吐く。

「なんか、話が長くなりそうじゃねーの。立ち話もなんだからな、そこのファミレスでも入るか」







「何にするか決めたか?」
「テンプラ御膳」
「はあ!?」
「部活終わりで腹減ってんの。奢りでしょ?そういう時は食べておかないと」
「はっ!貧乏人め、かーわいそーに。良かろう、奢ってやる」
「あ、あとお姉さん、御飯とみそ汁大盛りで。それから、食後にフルーツパフェね」

テーブルの傍に立って手の中に収まっている機械に注文を打ち込み乍らピンクの制服に身を包んだウェイトレスが畏まりました、と笑顔で対応する。
笑顔でメニューを閉じたリョーマに頭が痛くなってきた跡部だった。

「お連れ様は、ご注文は御座いますか?」
「ホット」
「畏まりました。お得なドリンクバーも御座いますが、いかがですか?」

無邪気にウェイトレスが微笑む。
そこへ、リョーマが小学校の授業風景さながらに手を挙げた。

「あ、じゃー、さっきのコーヒーはキャンセルで、ドリンクバー二人分で」 「おい」
「よろしいですか?」
「…ああ」

くらくらと、目眩がする。
失礼いたします、と行儀良く頭を下げて彼女は去って行った。
ウェイトレスとほぼ同時に、ベンチから滑り落ちる様にリョーマが降りた。
ドリンクバーに早速飲み物でも取りに行くのだろう。

「おい、ガキ」
「越前リョーマだって言ったでしょ?アンタは人の名前を覚えられる程の脳みそも持ってないの?」

半眼で馬鹿にしたような目つきで振り返ったリョーマに、跡部の顳かみには青筋が走る。
怒りで肩が小刻みに震えている。

「おい、越前」
「なに。今更やっぱり奢らないとか言わないでよ」
「そんなケチくさいこと言うか、この俺様が。ホット、汲んで来い」
「まあ、奢られる身だしね。いいよ、取ってきたげる」

スタスタと歩いてドリンクバーに辿り着いて手際良く炭酸飲料とホットコーヒーをカップに注いで、席に戻る。

「あ。アンタ、砂糖とかミルクとか使う人?取って来るの忘れた」
「んなもん、構いやしねえよ。どうせやっすいファミレスのコーヒーだ。入れても入れなくてもマズイのには変わりはねえんだからな」

そう言って、跡部はカップを傾けた。
いつも自宅で飲んでいるものとは比べ物にならない程、安いコーヒーだけあって、酸味ばかりでコクがまるで無い。

やはり、安物はダメだな。

眉根に皺をついつい寄せてしまう。

ふと相手を見れば、紫色の着色料で染め上げられた炭酸飲料をストローでのろのろと啜っている。

「で」
「ん?」
「なんなんだ、お前の言うその胸の痛みってやつはよ」

ソーサーにカップを戻せばカシャン、と鳴る音。

そうだ。此所へはのんびり食事をしに来た訳ではない。
リョーマの話を聞く為に入ったのだ。



だってーのに、なんでコイツは俄然飯を食う気なんだ?

ホンットに、躾がなってねえぜ、手塚。



「ああ。うーんとね、最近、しょっちゅうあるんだよ」
「病気とは違うって言ったよな」
「オレ、そういう持病ってやつ?は持ってないよ。至って健康優良児」
「ああ、そうか」

話を聞き乍ら、跡部は二口目を緩やかに啜る。

「しっかし、しょっちゅうある、ってよ。決まった時間に、とかはねえワケ?」
「あー。それはね、何か心当たりがあるんだよね」
「あーん?」

そこで、甲高い声でお待たせ致しました、と声をかけられ、リョーマの前に注文した膳が置かれる。

頂きます、と一言入れてからリョーマは割り箸をパキリと割る。
上端が醜く割れて、その様を見たリョーマの動きがぴたりと止まる。

「おい?」

割り箸を凝視したまま動かなくなったリョーマを不審に思って跡部が訝し気に声をかけた。

先刻から、リョーマはずっとこれだ。
不意に、動きが止まる。
跡部が声をかけるまで意識が飛んでいるかのようだ、



本当に大丈夫なのかよ



内心、跡部はそう思う。

「こういう、時にさ」

訝しんだままの表情の跡部の前で、自嘲気味にリョーマが口を開いた。
跡部は無言で、それに応じてやる。

「ちくり、ってすんの。左胸が」
「なんでだ」

そもそも、こういう時というのはどういう時の事なのか。
跡部には目の前の少年の言葉は異邦の言葉のようだ。

「例えば、今ならさ、部長ならもっと凄い綺麗に割るんだろうな、とか思っちゃうんだよね」
「手塚?」

愈々、訳が判らなくなって眉間に刻まれた跡部の皺は深くなる。

「うん。あの人、凄い器用なんだよね。何事も」
「まあ、手塚の家は躾が良いみたいだからな。俺様と一緒でよ」

アンタのどこが躾がいいの。
そう、リョーマは笑う。

「所詮、下々の奴らに俺様の高貴さを判ろうなんざ、土台無理な話なんだよ。それより、冷めるぞ」

顎でリョーマの前に鎮座する膳を指すと、思い出したかの様にリョーマが手を付け始める。

「で、だ。 手塚が綺麗に箸を割るのを考えたら痛むってえのか、心臓」
「まあ、今の場合はね」

この体の何処に入っていくのか。
そう疑問を覚える程にリョーマは膳をさっさと片付けて行く。

メインの天麩羅だけでも相当に量があるのに、添えられている米飯や味噌汁は大量に盛られている。
それが、次々とリョーマの口へ片付けられて行く。

「いつも、アレなんだよね、痛む前は部長がよぎんの」

そうこぼしたリョーマをつい、と視線だけで見遣れば目元に微かに朱がさし始めていて。
その顔を見て、カップに口を付けようとしていた跡部は瞠目してその動きを止めた。

「……お前。そりゃ…」


そんな跡部に、リョーマは大振りの海老の天麩羅の先をくわえ、咀嚼しつつも首を緩く傾ける。
リョーマの口先で海老の尾が咀嚼のリズムに合わせて揺々と振られる。

「お前、そりゃ病気だよ。俗に言う、医者も治せないっていう大病だ」

大きく溜息をついてから、既に生温くなり始めていたカップに残った液体を跡部はその喉に一気に流し込んだ。

「え?うそ、マジ?オレ、病気だったの?」
「と、いうかだなあ、お前、初恋か?」
「は?」

相手の言葉の意味が判らなくなるのは今度はリョーマの番だ。

言葉の指す物事の意味は判るが、跡部が指す言葉の先の意味がさっぱり判らなかった。

「急になんなの。恋?された事はあるけど、した事はない、かな。多分」

リョーマはごくり、と咀嚼し終わった海老を飲みこんでから、思い出す様に中空に視線を彷徨わせた。

そんなリョーマに一際大きく溜息を吐いてみせて、跡部は目の前のカップをリョーマに押しやった。

「なに?」
「そこまで判れば後は簡単な話だ。
  汲んで来い、2杯目。そしたらお前の痛みの正体を教えてやる」

なんなの、ソレ。っていうかアンタ何様?

そうぼやきつつも、リョーマはカップを受け取りベンチシートを降りてドリンクバーへ向かった。


その後ろ姿を見送りながら、跡部は今日何度目になるかももう判らない溜息を吐いて一人ごちた。

「まったく、ホントに躾がなってねえ…」



































ハッカク。
以上、べたまによる恋愛相談所でした。
この後、べたまによってそれは手塚への恋だ!と言われる訳ですね、皇子は。
しかし、躾躾ってうるさいな。自分で書きつつも。
うん、まあ、割と重要なキーワードめいております。はい。
さて、次回から漸く手塚が出てくると思われます。
やっとかよ!!(ミムラ)
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