No.
「部長、好きだよ」
眸を占めていたリョーマが閉じていた目蓋をそっと薄く開いたかと思えば、顔を水平に近く傾けて手塚の視線の世界部分下方側から再び顔を近付けてくる。
なされるがままにリョーマの唇を受ける手塚の眸は焦点も合わされず、中空をただ見ている。
何が目の前で繰り広げられているか理解できていないその視界の端には青味がかった髪の海。
もう一度唇を重ねられて、今度は耳元へ好きだと囁かれて、そこで手塚の意識は覚醒した。
途端に羞恥からか顔が紅潮し、息がかかる程度に近くに居たリョーマの肩を押しやった。
「越前、何の真似だ」
声がいつもよりも低い。目が据わっている。
手塚の瑣細な表情の判別がつくリョーマでなくとも、それが怒っていることぐらい想像に容易い。
「何の真似って……キス、と、告白、だけど」
何が悪いのか、とばかりに不思議そうに首を捻るリョーマに肩を押しやっていた手塚の手に力が入る。
思ってもみない程強い力で圧されて、反動でリョーマは後方に蹌踉けた。
「何すんのさ」
「お前は、それにどういう意味を持たせてやってるんだ…?」
「どういうって…」
リョーマは混乱した。
まさか、ここまでやって意味が判らない、とでもこの人は言うのだろうか、と。
「そのまんまっすよ。オレは部長が好きなの。LikeじゃなくてLoveの方だよ。Likeなんかでキスはしないよ」
「そうじゃなくてだな。お前は、俺が男だということが判ってるのか」
「判ってる」
「それを判った上で言うのか、お前は」
手塚が容赦なく睨んでくる。
只でさえ吊り目がちでキツい印象の目が怒りを含んでその凶悪さは大きい。
しかし、そんな手塚の視線を真正面から、顔をを背けることなくリョーマは受け止める。
リョーマにとって手塚の怒った貌というのは決して怖くはない。
むしろ、綺麗だとすら思う辺りはリョーマ自身でも重症だという自覚はある。
「当たり前。男とか、女とか、そういうのは考えてない。
オレはただ、アンタだったから好きになったの」
「俺には、お前が好きだと言ってくる言葉は受け止められない」
視線が交錯し合う中、先に折れたのは手塚の方だ。
彼とはうって変わって、視線を、そして焦点すらも逸らさずにリョーマはただただ手塚を見詰め続ける。
「なんで。オレのこと、嫌いなの?」
「そうじゃない」
「他に好きな人がいるの?」
「そうじゃない」
「じゃあ…」
なんで。とリョーマが言葉を漏らす前に手塚は席から立ち上がった。
そして、自分のテニスバッグと通学鞄を掴んだ。
「待ってよ。何で、受け止めてくれない訳?理由を言ってよ」
手塚の歩先は出口へもう向かっている。
そんな彼に大股で近付いて、袖口を掴んでこちらを振り向かせる。
振り向いた彼の眸はリョーマは初めて見る色で、手塚が何を考えているのか読めなかった。
「俺には、恋愛は早い。それだけだ」
「なに、それ…」
絶句。
リョーマは絶句した。
理由の真意が判らない。
手塚のことが初めて判らなくなった。
まだ自分の事を嫌いだと言われた方がすっきりする。
こんなすっきりしない断られ方は、嫌だ。
「何なの、その断り方」
「……何故も何もない。本当にそれだけだ」
「恋をするのに早いも遅いもないでしょ!?アンタはまちがってる。
問題はアンタはオレが好きかどうかってことだよ!」
目の前で手塚に対し、遂にリョーマは俯くことで視線を逸らした。
自分の足下を凝視するリョーマの眸が滲み始めていることはリョーマを遥か上方から見る手塚が気付く筈も無い。
リョーマもそんな自分を見られたくなくて、顔を上げなかった。
「気持ちの前の問題なんだ、俺にとっては。お前がいくら違うと言ってもな」
それだけを言い残して手塚は部室を出て行った。
扉のしまる音が鼓膜にやけに響いてリョーマは弾かれた様に顔を上げた。
反動で滲んでいたうちの一粒が零れ、頬を伝った。
緩い弧を描いていたその頬を辿り終わった雫は、音も無く床で散った。
「意味、わかんないよ、アンタ」
欄が埋められぬまま机に放置された部誌が、手塚が扉を開けた際に入った風のせいか、そのページを一枚繰った。
No.
ノー。いいえ。ごめんなさい。
フラレリョマさん。泣きリョマさん。
そして、実は手塚は手塚なりに混乱してるんですね。
部誌を書き忘れて帰るぐらいに。
最後のはそういう表現な、つも、つもり…です。はい。
さてさて、ようやく企画も折り返しに来ました。
リョマたん、断られちゃったけども、まだまだ企画は続きますとも。
もうすこしお付き合いくださいませね。宜しくお願いします。
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