再始動
















一部分。
その範疇の定義があやふやだった事をリョーマは悟った。

手塚が記憶喪失。自分が恋人だったという事実を中心に色々と忘れているらしいということ。
しかし、それは飽く迄『一部分』。全てが欠けた訳ではなく、全の中の一部分が削られている状態だ。
その点に於いては、心得ているつもりで、実はリョーマは真意を捉えきれていなかった。

手塚はあの日、とある一部分だけを事故で失したのだ。
これは今現在での大前提。
では、


彼の中には一体何が残っているのか。










リョーマがこの話の発端を掴んだのは、とある人物からの入れ知恵にも似た情報提供だった。
三度の飯よりも情報の収集、分析が好きな様に見えるあの人物ならば、きっと全ての真実に気付いている。
確信めいたそんな思いが沸き起こって、手塚がコートの外へと出て行った後、西陽が差し掛かるコート内をぐるりと見渡した。部内でもトップの長躯の彼はすぐにリョーマの視界に入った。 すぐ隣には、頭のきれる友人を配しつつ、木陰に立っている姿が。

彼等もこちらを見ていたのか、リョーマがその二人を見つけた瞬間、音はせずとも視線同士がかち合った。その瞬間に、キーマンの彼は楽しそうに口元を緩める姿が見え、リョーマの確信めいていた考えが現実のものであるらしい、という確固たる信憑性を与えるには十分だった。


コートで練習している部員達の邪魔にならぬよう、なるべくフェンスぎりぎりを歩いてリョーマは彼等に近付いていった。彼等も、静かに向かってくるリョーマから視線は外さない。

「乾先輩」

ふたつのアーモンド形の未だ幼い双眸が怒りでも懇願でもない、読み取りきれない感情を湛えて振仰がれる。

「なんだい?越前」
「部長の記憶が無くなったのをオレに伝えた時、何て言ったっけ?」
「どうしたんだい。薮から棒に」
「いいから」

戯けたように肩を竦めかけた乾を、ピシャリと言葉で押さえ込む。

「答えて」
「…治る見込みはない、というところかい?」
「そこじゃない」
「一時的なものではない」
「そこでもない」

ふるり、とリョーマは首をゆっくりと横に振って乾からの返答を否定した。
どこまでもサディスティックな嫌味な人達だと思う。本当は、なにを自分が聞き出したいのか、判っているだろうに。

「…」
「……」

品定めでもするかの様に、乾はじろじろと不躾な程にリョーマを見た。
熾烈な程に、何かを要求する光が彼の目の奥に見えて、観念した様に肩を少し落として息を吐き出した。

「もう一度、片思いができる、というところと、行動を起こそうともせず、というところかな?君が確認したいという俺の発言というのは」
「当たり」
「気付いているのなら、何も確認することは無いんじゃないかと思うんだけど?越前」
「あの時点で、アンタを追及しておくべきだったって後悔してるよ。不二先輩も、気付いてたんでしょ?」
「最初から乾に全て聞いてたからね」

にこり、といつも通りに微笑みを湛える不二。
揃いも揃った悪戯好きの先輩に呆れた様に、リョーマはキャップの鍔を引いて小さく嘆息を吐いた。

「楽しかったッスか?二人して高見の見物は」
「精神的にいっぱいいっぱいで、周りが見えていない越前っていうのは初めて見たからね。貴重なものを見させてもらったよ」
「こちらはこちらで、いいデータがとれた」
「またそれッスか…」
「それで?」

不二が話の矛先を修正にかかる。
リョーマも引いていた鍔から手を離し、長く伸びた前髪の隙間から目の前の二人を窺った。

「どうするの?」
「どうもこうも、記憶喪失の治療の定番は同じ事を繰り返すもんでしょ」
「階段からまた手塚を転がす、というのは不正解だよ?」
「そんなこと、オレができるわけないでしょ」
「君は手塚馬鹿だからねえ…」
「手塚馬鹿で手塚フェチだな、越前の場合」
「褒め言葉としてもらっておきますよ…先輩方…」

引き攣った笑顔のリョーマに対し、当人である彼等はただにっこりと優し気に笑ってみせるのだった。



















再始動。
一話一話を振り返って、破綻していないかどうか帳尻合わせに必死です

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